PLASTIC FISH
A-side14.月のない夜に雨は降る(1/4)
「……」
暗くなっていく景色。マンションの自室には、電気がついていた。闇より見ると、それはまぶしすぎるくらいに感じる。
どういった顔をすればいいのだろう。
どういった言葉を伝えればいいのだろう。
説明というものは、難しい。ダンボールの山を処分し終わったら、布団をもう一つ買おうか。二段ベッドでもいい。
出会いはさして思い出にも残らないうつろいゆく記憶だというのに、何故別れはこうも重くこうも心が痛むのか。そして、残響しながら薄れてゆくのか。
「樹さん?」
「わ」
扉を開くより先に、内側より開く。思わず驚き、樹は少し飛びのいた。間抜けな声を聞かれてしまったが、それを笑う者はどこにもいない。
「……」
ただ、不思議そうな目線だけは向けられていた。その沈黙にて両者は気付く。
相手もまた、自分と同じようにどう反応すればいいのか、どういった表情をすればいいのかわからないのだ。
ぎこちなく、会話がはじまる。
「……どうして、帰ってきたってわかったの?」
「いや、なんとなく……」
「そ、そうなんだ」
「え? ええ」
そして再び、沈黙。
視線を泳がせていた樹は、とりあえずと扉が閉まらないように手で支え、靴を脱いで荷物を置くべく部屋へ向かった。
その行動を邪魔すまいと廊下のすみに立っていた京は、目だけで樹の動きを追う。
色々ありました、と顔に書いてあるような気がした。
部屋へ姿を追うべきか、迷う。何も言わないほうがいいのだろうか。となると、この居住空間での自分の居場所がない。
「……の」
声に、京は気付かない。居場所がないとなれば、どうすればいいのだろう。今までずっとここにいたという事実を知られているのに、
家主が帰ってきたとたんじゃあさよならというのも変な話だ。晩の食事も、スーパーの惣菜ではあるが二人分買ってある。
さて。
「……あのー」
「え」
ここでやっと気付く京。主部屋へと続く扉が少しだけ開いており、そこから樹が気まずそうに弱弱しくこちらを覗き込んでいる。
小動物か、おびえた犬のようだ。
「あの、えっと」
「……?」
「た、ただいま」
やっと言えた、と樹は表情を変え微笑んだ。扉や壁についた手に包帯が巻かれていることが気になるが、それは後に樹が話すようなら聞けばいいことだ。
京は手のかかる子どもだ、と言いたげに困り顔をして、微笑んだ。
「おかえり」
樹が、弱弱しさを捨てて笑顔になった。
「水城はさ、」
食べることと喋ることをきっちり分別し、食べ物を飲み込んだ後で彼女は突然話を切り出した。
だが、避けては通れない話題だ。うん、と京はうなずくリアクションだけで返事をする。食事中だ、食べ物が口内にあるために口が開けない。
「死んだよ」
「……そう」
飲み込んで、刺激しないようにそっと相槌をうつ。今は、樹が喋るがままに合わせていたほうがいい。彼女なりのペースで話を進め、終わらせるだろうと読めた末の判断だ。
「色々話をして、ごめんって謝って、さよならした。私の愛した水城は……八年前に、死んでた。けど、あの場所で生かされてた」
「……」
「もう水城は起きないし、喋らない。私の判断は……間違ってないと、信じたい」
「樹……」
「信じたい、信じさせてくれ……じゃないと、潰れてしまいそうなんだ……」
樹の頬は、あたたかい涙に濡れていた。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴