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PLASTIC FISH

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A-side13.うそつき(3/5)



「……」
息を殺す。朝が来たことは、カーテンではとどめきれずに漏れてくる明るさ、光の加減でわかる。
冬の朝は日の出の時間のせいで必然的に遅くなる。朝と形容するその時間は変わらないが、早朝の仕事などに携わらない人間は、朝日が昇ると早朝、朝というそんな認識を抱いて日々を過ごしている。
京がほんの少し浅い睡眠をとったその隙に、樹はそっと布団から抜け出ていた。
足音を立てることなく、淡々と部屋の隅で着替え部屋を出ていこうとする。目を閉じていてもわかる、聴覚を尖らせればこの静かな空間の中では、いくらでも。
だからこそ、気付いた京は目を閉じたまま声をかけた。
「出かけるんですか」
「……起きてたのか。確認をとったのに、君もなかなか意地が悪いな」
京が、樹が自身を注視していることに気付きいかにも寝ているといった乱れのない呼吸を演じてみせたこと、うすうす察していたらしい。
声をかけなければ確証が取れず『意地悪』の烙印を押されずにすんだだろうが、どちらでもさして影響ない。お互い様だからだ。
「そこまでして、私に秘めてまで、朝から行く場所が気にならないといえば嘘になる……かしらね」
「なんのことはないさ」
さらり、と樹は後ろめたさを感じさせない口ぶりで言った。
「どこへ?」
「イヴ、いや……水城のところ」
「……」
いつもの彼女なら、いやーやっぱり大人は仕事に行かないとね? なんて言ってのけるだろう。
だが、今の樹は真剣だった。ただ事ではない。普通に、いつもと同じ調子であの場所に向かうつもりでないことは、これでもかと京に伝わってきた。
「そう黙りなさんな。君は道を選んだ。私を選んだ……だから、私も相応に、けじめをつける必要がある」
「見届けるために、同行することは許されませんか」
「私がそんなに頼りなく見えるかな?」
京のまぶたが、そっと上がる。上半身を起こし、確認した樹の表情は少し緊張しているように思えた。
頼りないといえば、頼りない。
「見えます」
「まいったな」
「……けれど、信じます」
「……」
「何かいけないことを、言いましたか?」
「いや……。遅くても夜には帰る。できれば、私のわがままが叶うなら、君はここにいて欲しい。外に出ても……あの場所には、来ないで欲しい」
自分の涙なんてらしくないしかっこ悪いだろ、だから見せたくないんだ――そう付け加えて、返事を待たずに声の主は扉を閉じた。
扉ごしに、靴をはき玄関を後にする音と気配が聞こえてくる。がちゃり、という音がして足音は遠ざかっていった。早足で、強い意志を持って。

言ってしまえば、今の京にできることは何もない。
これは樹自身の問題だ。そして、樹がそれから決別すると腹を決めたのだ。過去の、自分と同じ姿をした――いや、自分自身が残留している、亡霊にも似たそれを、彼女は消し去ろうとしている。後ろ髪ひかれる思いで今まで捨て置いていた、見なかったことにしていた醜いそれを。
「……さて、どうするか……」
京は部屋を見渡す。ダンボールはおそらく、樹の過去が形をなして残ったものだ、帰ってきたら処分するなり本人がどうにかするだろう。
本当に樹は、水城という人間に、追いかけてくる過去に縛られているのだと感じる。
清算しなければいけない。
ならば、京はそれを待つ義務がある。
「うーん」
考える。
とりあえず、天気はいい。崩れるという知らせもない、京は布団を干すことからはじめることにした。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴