PLASTIC FISH
A-side13.うそつき(2/5)
心底、呆れた。
やはり、樹という人間は考えが読めない。もしかすると、深いことをあまりというか全然考えないタイプなのだろうか。
何故同じ職場にいるのだろう。いられるのだろう。コーヒーの砂糖と塩を間違えかねない人間だ、京はこの後の展開が心配になった。
「やっぱり床で寝ます。……上着をかけて寝るので、毛布はいりません」
そして、見なかったことにした。「え、え!?」と後ろから惜しいそれだけはやめてとばかりに声が飛んでくるが、もう知ったことではない。
「……」
潔癖まではいかないが、俗っぽい事や考え方は嫌いだ。無意味な体の接触、馴れ合いも好まない。
高階京という人間はずっと、そういった考えを根底において生きてきた。
樹はその辺り似通っているものがあるとふんでいたのだが、とんだ思い違いだったようだ。期待しただけ損をした。
「あー……なんていうかな、みやちゃん。ごめん、冗談が過ぎた。そんなつもりはないよ」
「そんなつもり?」
「あちらこちら触れたいとか、キスがしたいとか、そういった事は思わない。もちろん君が望めばするけれど」
「……」
「実を言うと……ないんだ、性欲。だから、好き好きっていってるけど好きって何? と聞かれたら、答えられない。好きという感情は、種を残すという目的を根底に起こる感情なんだろうか? 私は疑問に思っているんだ、ずっと。あー、こういう長話でいいなら朝までするけど」
「……ペラペラ喋って、逆に怪しまれると思わないんですか?」
「あ、そうか」
「いいです」
京は、会話を無理矢理断った。もう、これ以上一緒に寝るだの寝ないだの、そんなことで会話を続けていくのが馬鹿らしい。
男子がーだの女子がーだの言っている修学旅行の小学生ではあるまいし。
自分も少し、ふざけが過ぎたようだ。京は反省しながらも、自己の否定はしなかった。
「寝ましょうか、少しあけていただけると助かります」
「ん、どうぞ」
元々、二人とも偶然という名の幸運か、枕がなくても眠れる体質らしい。さすがに一つの枕に二人は無理があるので、大げさにいえば僥倖だ。
京が横たわると、何のことはない普通の天井が見えた。しかし、すぐ横に人の気配があるというのはどうにも慣れない感覚だ。
樹は両目を閉じているが、おそらく起きている。京の存在を意識するわけでもなく、ただ静寂に身を投じるその姿は瞑想に近かった。
「みやちゃん」
ぽつりと、呟く。
「何?」
「愛のことばって、好き? 言われたいって思う?」
「全く」
「そうか、わかった。みやちゃんは言葉より行動で気持ちを示してくれるから、わかってる。伝わってるから、安心してね」
「……それは、どうも」
「それじゃ、また明日ね。眠れなかったら言いな、起きて朝まで話してよう」
おやすみ、と言うなり樹は寝返りを打ち壁のある方向を向いた。彼女のことだ。
何時だろうが、どれだけ深い眠りの底にいようが、楽しい夢を見ていようが、京に起こされればいつもの調子でつかみどころのないまま話し始めるのだろう。
重いな、と京はふと思った。
これだけの好意を向けられて、これだけの優しさを向けられていると、自分はその何倍もの量の『相手が求める何か』を強要される気がするのだ。
いや、違う。
それは自分が勝手に考えていることだ。樹の考えではない。
「……」
何が返せるというのだろう。
自分は、樹のために何をしてやれるのだろう。どうすれば、樹は喜んでくれるのだろう、自分を、京を好きになってよかったと思ってくれるのだろう。
部屋の静寂に、問いかける。
答えは返ってこなかった。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴