PLASTIC FISH
A-side13.うそつき(1/5)
「樹さん、そういえば寝る時どうするんですか?」
一悶着あったが、結局京は樹の家に泊まることになった。準備も何もしていないが、多少図々しく居座れば特に困ることはない。
財布など最低必要な荷物は鞄に入っているし、服は「替えが必要になったら私の使いな」と樹が言うので、遠慮なくそうさせてもらうことにする。
とはいっても、不潔と罵られない限りは癪なので実行こそしないだろうが。
――そんなこんなで、夜もずいぶん更けてきた。
どこをどう見て判断しても一人用の布団と、ソファなどは……見当たらない。ダンボールだらけの部屋は伊達ではない。
まさか、客人用の布団を用意しているのだろうか。やけに賢く用意周到な面を見せる時もある樹のこと、考えられない話ではなかった。
「ここ」
何を言うんだ、とばかりに敷かれた布団を指差す。
もう一度説明しておく。ダブルではない、サイズはシングルである。いい歳をした大人が二人仲良く眠れる幅ではない。
「もう一度聞くわ。どこに寝るの?」
「うん、ここ」
同じ場所を指差す。今度は、かけ布団を少しめくって丁寧に場所を示してみせた。
これ以上ない親切な説明だ。
「……樹さんは、どこに寝るって?」
「……」
ここ、と言いたそうにぽむぽむと布団を軽く叩く。
「それで、私は……壁際? 洗面所? そこにある、ダンボールのバリケードの向こう?」
「ここだって」
再び布団を叩く。京は薄々この後の展開に気付いていたが、思うと頭痛がするので考えようとしなかった。
樹の瞳にはあまりにも迷いがない。なさすぎて、怖い。
「何が悲しくて、布団に二人寄り添って寝なきゃいけないんですか」
「んー、ここしか寝れる場所ないから」
「……図々しい事を言いますが、こういう場合は客人である私を布団に寝るよう勧めて、樹さんは『床で寝るからいい』と言うのが定石なのでは」
「二人とも布団で寝れるんならそれが一番いいじゃない。まあまあ、そう言わず来なさい。一回寝たら慣れるから」
ラフなTシャツ姿が、彼女の寝間着らしい。今は冬だが、寒くないのだろうか。先ほどまでつけていた暖房のおかげで、今は暖かいこの部屋だが――。
時刻が、確実に過ぎていく。日付も変わらんとして、ああ、もうどうにでもなれと京は上着を脱いだ。
ネクタイを緩ませ、外す。シャツとスラックスのみのこの状態なら多少しわになろうが関係ないと判断した彼女は、息苦しいと思いシャツの一番上のボタンを外した。
「あ」
そこで、外野からあがる間抜けな声。
「……何ですか」
樹という人間が考えるであろう、良い発想がまるで浮かんでこない。一つではあまり変わらないと、二つ目を慣れた手つきで外した。
ふと思う。短い髪は、こういう時楽でいい。長く美しい翠の髪は、毎日手入れが大変だという。こうした突発的なお泊まりなどとんでもないと言うだろう。
実際、旅行などに行くのも大変らしい。電気を消して布団に寄ると、樹がなにやら慌てていることに京は気付いた。
「何やってるんですか」
「え、あ、いや。こういう事に慣れてないからさ、その、なんていうの。寝てる時蹴りとか飛ばしたら、ごめん」
「ははあ。そういう口実で、抱きついたり触ったりする気ですか。低俗な……」
「し、しないって! ただ……ほら……こんな布団に二人で寝るのって、なんか、恥ずかしいね……」
「どうしてそれを寝る場所を決める段階で気付かないんですか……」
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴