PLASTIC FISH
01.幻日(6/10)
「ふん」
並べられた文字群。そこに記された計画に関わっているにも関わらず、京は読むなり鼻で笑ってみせた。
何がアダムだ。
何がイヴだ。
馬鹿らしい。人形に夢を見たいのなら、ダッチでも抱いてた方が死体を日々切り刻むよりまともなんじゃないか。
心で毒づきながら、京は無表情で『水城』に組み込まれる人口知能のプログラムコードの打ち込み、回路の調整、それにより変わる予定日などを書き直した。
目立たない場所に、案を書きとめておく。
「(ただこれだけのために来た私も、相当の馬鹿よね)」
ひじまでまくった白衣を戻し、椅子にかけておいた鞄を手に取る。空いている右手でマウスを動かし、PCの電源を落としかけた――その時だった。
画面一面に、警告をうながす文章が表示される。背景の鮮やかな赤が、暗闇に慣れた目に痛い。
「……」
京はそれを見ても眉一つ動かさなかった。だが、ただ事ではないと六感が察知すると、胸が早鐘をうつように鼓動を強め始める。
誰かが、この建物の、この場所を、そしてアダムとイヴのボディがある中枢を目指している。第一に施錠されているのは、カードキーで開くものだ。
あそこはまだ、扉も薄い。関係ない人間も目に入れる場所だ、あまり分厚い扉があってもそれはそれで変に思われるゆえにである。
考える。
あれくらいなら、若者が少し威力のある鈍器でも何でも持っていれば壊せなくはない。銃声は聞こえなかった――この後の扉を開けることを考えても、銃を使用しているとは考えづらい。
だが、内部の人間を殺傷し動きを止めるために武器として持っている可能性はある。
カードキー認証が怪しいと踏んだのだろうか。金庫か何かと勘違いして、ハズレだったとおとなしく帰ってくれればいいのだが……。
京は武器を持っていない。完全に丸腰だ。
部屋を移ればメスやナイフ、ノコギリ――麻酔も用意できる。注射針もまだ残っていたはずだ。最悪使いまわしでもかまわない。
だが、相手は何人なのか?
武器は何をどれだけ持っているのか? 経験は?
戦えないのなら、隠れればいい。しかし、『アダム』と『イヴ』、そしてそれに関する事項や計画を見られてはまずい。
それでもまだ、京は冷静でいられる。
見られてまずいものを、なにゆえ強盗ごときにやぶられる薄い守りの場所で管理するというのか。
「(カードキーの扉は破れた。けれど、普通の人間じゃ車で突っ込んできても次の扉は破れないわ……!)」
鞄のもち手を握り締め、京は勝ち誇った笑みのままPC画面へと視線を移した。
そして、一瞬にして青ざめた。
頼りにしていた第二エリアは、四分二十九秒前に突破されていたのだ。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴