PLASTIC FISH
01.幻日(5/10)
デスクに着いても、京はその空間の照明を点そうという気分にならなかった。
真っ暗な部屋。慣れた手つきで電源を押し、PCを起動させる。休みが不定期な仕事なだけに、誰かいるだろうと踏んでいたのだが
どうやら今夜は誰もいないらしい。好都合だ、と京は思った。作業は一人黙々とやる方がずっと集中できる。
どうせ現段階では『アダムとイヴ』の中に組み込まれている『未来のイヴ』について机上の空論を繰り返すことしかできないのだ。
「……」
PCが起動するのにさほど時間はかからないのだが、京はいったんその場を離れ、窓際へと移動した。
特に大した意味はない。一人占めする夜景はどんなものかと、ただそれにわずかな興味をひかれただけだ。
ビルの立ち並ぶ中ではたいした景色をのぞめないが、今いる建物の隣は公園があり、少しの森が広がっている。緑化計画とは誰が言ったか。
どうせ、数十年も経てばそんな計画は忘れ去られてどこもかしこも摩天楼という名の迷路と化してしまうのだ。
そして、数百年も経てば街中を歩いているのが人形なのか人間なのかすら、見分けがつかなくなってしまう。世界は、移り変わってゆく。
――世界は、可能性という名の絶望に満ちている。
「(言ったのは、誰だったかしらね……)」
まあ、何を考えたところで人間の自分は、高階京としての自分はあと長くて百年もすれば老化による限界を迎え朽ちて屍となるだろう。
その後の未来など知ったことではない。
『未来のイヴ』そして『アダム』を考えている同僚達に話せば、きっと怒鳴られるだけではすまないだろうが、どうあがいても人間とはそんなものだ。
「(世界の終わりなら、見るのも悪くないけれど)」
白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、京は窓の外を見やった。
明るい。
世界は、不自然に明るすぎる。
これでは、夜に生きる者の居場所がないではないか。眠らない街など必要ない。昼は人間の天下なのだから、夜くらい譲ってくれてもいいのに。
――譲る?
誰に?
何に?
「……そうね、母さん……私は、疲れてるのかもしれないわね」
自嘲気味に吐く、ため息。踵を返し、京は自分のデスクへと戻った。暗闇の中で、ディスプレイがまぶしいほどに光を放っている。
カチカチと無機質なマウスな音が静寂の中響き、続いて聞こえてくるのはキーボードを打つ音。
さすがに慣れているだけあって、速い。データを開いて、京は口だけでなく体をも黙り込んだ。
――『アダムとイヴ』
人間は何故、人の形をしたものを作ろうとするのだろうか。人間のまがいものを作ろうと、研究を重ねるのだろうか。
もはや説明など必要ないだろう。我々の目指すアダムとイヴの創造は、世界の形を作り変えてくれるに違いないと信じている。
全てが終わった世界の果てに、光あれ。
――『未来のイヴ』
データと素材が集まり次第、一次計画を開始する予定。
だが、我々は日本人。イヴという名前は、少々馴染みが浅かろう。私が仮に名を付けるならば、そうだ、『水城(みずき)』にしよう。
以下、イヴのことは水城と表記する。だが、各々自由な名で呼んでくれてかまわない。これは、アルファなのだ。
創造にあたっては、当たり前だが慎重にあたる必要がある。主な機能部分はバックアップをとるべきだろう。ブレインに関しては、十体を予定している。
頭部部分だけではブレインが正常に機能しているかわからないため、全身をも模倣する必要がある。繊細ゆえ、大切に扱って欲しい。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴