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PLASTIC FISH

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A-side12.東の海はエデンに近く(3/3)



自宅ではなく、樹のマンションに向かうことも京はさして違和感を感じなかった。
不思議だ。
自分が、誰かと短い期間でここまで親しい間柄になるなんて過去にあっただろうか。これが友達だろうか。
あるいは、恋人というものであったりするのだろうか。
マンションの前で「はい」と、軽いノリで渡された合鍵も、何故か他の関係ない鍵よりずっと持っていて安心する。

「あ、樹さん」
靴を脱いで、おじゃましますと言った直後、京は立ち止まりふと口を開いた。
「どしたの」
「窓際で電話、していいですか。家に連絡を入れておきたいと思って」
「あー、いいよいいよ。自分の家だと思って自由に使いな。なんならここに住んでもかまわないよ」
ひらひらと手を振りながら、樹の背中は奥の部屋へと先んじて歩いていった。
こういう相手だと、気が楽だ。わずらわしい気遣いや、堅苦しい雰囲気がまるでない。京はそういうものにあまり固執しないが、世の中はそれが必要にできているのだからどうしようもなく過ごしてきた。

後に続き部屋に入る。テレビもなければテーブルもなく、ダンボールが積み上げてある他には布団が敷かれたままになっているだけ。
後で、ダンボールを放置している理由を聞くとしよう。
そう思いながら、バルコニーに続く窓際に立ち京は携帯であらかじめ登録してあった自宅の番号を押した。
ダイヤル音が何度か響く。時間的に母が洗濯を終えたころだと思うのだが、庭にいるのだろうか。なかなか出ない。
『もしもし』
長めのコールも終わり、聞こえてくるのは慣れた声。母の声を聞くなり、京は少し嬉しくなった。
「もしもし、私。京」
『ああ、京。どうしてるの、何日も帰ってこないからお父さん呆れてたわよ。あいつは仕事に恋してるのか、それとも男ができたのかって』
「……いや、友達のい」
言いかけた矢先、携帯が手からするりと離れた。
何事かと見たその視界の中で、樹がいたずらげに笑う。
「ちょっと失礼」
失礼だとは自覚しているらしい。樹は電話を取り上げたかと思うと、京の母と強引に会話しはじめた。
「どうも、はじめまして。京さんのお母様ですか?」
『え? あ、ああ。そうです、はじめまして。京のお友達?』
「いえ、現在お付き合いさせていただいてまして」
「ちょっと樹さん、いい加減に……!」
携帯を取り戻そうとしたが、動きを読まれていたのか手のひらで制される。
『あら、それはどうも』
「(母さん、もっと突っ込みなさいよ……色々変なところがあるでしょうに……)」
「連絡が遅れた上、外泊の許可をもうながさずに申し訳ありません。申し遅れました、私、富岡樹と申します」
樹の声は、ふざけている時こそ高いが決して世間でいう『女らしい』声ではない。中性的な外見と同様、声だけでは判断をつけづらい類である。
その上現状は電話越し。ノイズの混じった声が、知らない人間ならば『爽やかな好青年』に聞こえてもまあ不思議はない。
『まあ、最近の人にもこんなにご丁寧な人はいるのね。富岡さん、京と仲良くしてやってくださいな。あの子、ああ見えて寂しがりですから』
「(余計なことを……!)」
隣で携帯を奪おうと右往左往していては、嫌でも電話の向こうの声が聞こえてくる。フェイントをかけて取り返そうとするが、身長差が厄介でならない。
十センチもかわらないというのに、本当に厄介だ。
「ええ、そちらにも近々伺いたいと考えております。これから数日、京さんをお預かりしても?」
『あら。どうぞどうぞ、仕事のことしか頭にないような子ですけれども』
「ありがとうございます。では、朝の忙しい時にすみませんでした、失礼いたします」
「あ……」
京の目の前で、通話を切る樹。慣れた手つきだったが、そんなものは慣れなくてもいい。
ハンドルさばきに惚れる世の女じゃあるまいし。
「ほい、みやちゃん」
何食わぬ顔で、携帯を返す樹。
「ほい、じゃないわよ! 人の親相手に何を言い出すかと思えば、うちの母さんはただでさえ冗談が通じない天然だってのに……!」
「だめなの?」
「はい?」
「今、電話で言ったこと、間違ってた? 嫌だった? 手順が必要なら今言おうか、す」
「ストップ!!」
「……?」
「(もう、嫌だわ……)」

離れる気は毛頭ないが、付き合っていられない。しかも、なりゆきというべきか京は樹のもとへ数日滞在せざるをえないことになってしまった。
帰れば帰ったで、母に喧嘩でもしたのかどんな人かとさんざん問い詰められるだろう。偏頭痛が、今の京を悩ませた。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴