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PLASTIC FISH

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A-side12.東の海はエデンに近く(2/3)



『そうして流せる涙があるなら、貴方は人間として生きていける。だから真、貴方はひとりじゃない』
『嫌! あんたが思うほど、私は強くない。お願い、いかないで、置いていかないで。探すから、あなたたちをずっと、探すためだけに私は生きるから――』

目を閉じてみる夢は、楽なものだ。目が覚めたその時にはもう輪郭があいまいになり、溶ける雪のようにすっと消えていく。
これは残照なのかもしれない。
いつかに過ぎた、さいごのひかり。

「……」
視覚を取り戻すと同時に誘い込まれる、まぶしいほどの光の奔流。
頭が、ひどく痛い。片手で押さえるように抱えながら、上半身を起こす――床、否、これは床ではない。コンクリートの冷たさ、硬さが伝わってくる。
手のひらにちらり、ちらりと冷たさを教えては消えてゆく白い花びら達。
雪が、わずかながらも降っていた。
「う……」
何故、外にいるのだろう。場所に覚えがあるようで、ないようで、やっぱりあるような、気持ちの悪い感覚。
二日酔いかなにかだろうか。飲みに行くなんて今まで数えるほどしかなかったが、では隣に横たわっているこの人は――。

まだ、眠っている。
あまりに静かに眠るものだから、もう起きないのではないかと心配してしまうほどだ。こんな寒さで凍死なんてしないだろうが、何かあったら後味が悪い。
「樹さん……起きて、樹」
ゆっくりと相手の体を揺する。不思議なもので、名前はすぐに思い出せた。そうだ、昨晩自分は、高階京は高台にある公園を訪れた。
この道をまっすぐ登った先だ、そう遠くない。そこで樹と語らっていたことは思い出せるが、それ以降がもやがかかったように出てこない。
でも。
それでも。
思い出せなくても、さほど問題のない部分のように感じた。樹がそばにいるのだ。それでいい、何を知る必要があろうか。
「……あ」
片手で揺らしても起きないために、両手を使おうとして京は気付いた。右の手のひらに、かたく握られていたそれは、鈴飾りだった。
こんなもの持っていただろうか。いろいろと観察してみるが、あまりきれいな音を立てない鈴だ――それ以上のことはわからない。
ただ、動かすと寂しげに鈴が鳴る。まあいいか、と京は鈴飾りを自らの鞄へと押し込んだ。
「樹さん、風邪ひきますよ」
「ん……みやちゃん?」
「まだ酔ってるんですか?」
自分の予想通り、やはり飲みすぎたことによりこんな場所で寝てしまっていたのだろうか。京はそんなことをする性分ではないが、樹に巻き込まれての場合はわからない。
「あー……覚えてない」
「頭、痛いですか?」
「少し」
やはり、同じ状態にあるらしい。風邪をひいたのなら早めに手を打たないとこじらせると厄介だ。
なんにせよ、まずは屋根のある場所に移動するなり帰るなりするのがいいだろう。こんな、人の気配も何もない場所で何かあったとなると面倒になる。
「じゃあ、家に帰りますよ。ほら、立てますか?」
「ちょい待ち、なんでみやちゃんと私がここにいるの?」
やっと意識がはっきりしてきた様子の樹が、目をぱちくりさせながら訊いた。
「昨日の晩、この上の展望台でずっと喋ってたじゃないですか。忘れたんですか?」
「あ、そっか。そうだった。そんでみやちゃんが夜遊びしたことないっていうから、限界までここにいてみようかってことになったんだったよね」
――そんなこと、あっただろうか。
わからない。京の記憶の中で、何かが細工されたように不自然な形をなしている。
あったかもしれない。自分が覚えていないことはなかったことに、そんな道理は通らないのだから。
「思えば無茶な思いつきでしたね、結局二人揃って寝てしまいましたし」
「そうそう。上は風が吹きすぎるから、ちょっと下らへんで……ってなって、話してるうちにぐっすり。かえろか、みやちゃん」
「ええ」
立ち上がり、京の冷たくなった手をとり握った。京は他人と手を繋いだ経験がほとんどないため、少々の戸惑いを覚えてしまう。
だが、決して嫌ではなかった。むしろ心地いい。先を歩く樹の歩幅が、自分に合わせてくれているのだと知ったその時も、嫌悪感はかけらも感じなかった。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴