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PLASTIC FISH

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A-side11.その瞳が焼き付いても(3/5)



――しゃん。
影から現れる、黒衣の女。
黒く長い髪は痛むことなく夜風に揺れ、深く紅い瞳は輝きを失うことなくそこにある。

――しゃん。
月が、鈴を抱いた主の顔を照らし出す。無表情な真の姿を完全にあらわにしたその時にはもう、異変ははじまっていた。
凍っている。
空気が、大地が、空が、月までもが、全てが凍りつかんばかりに青く冷え切っている。
温度の問題ではない。夜は、クロエではなく真を選んだのだ。
選ばれたそれがゆっくりと、一歩一歩歩みを進める。そのたびに空気が震え、影よりいでたその姿は、鬼の名にふさわしいものだった。

「(来てくれた……)」
そうは思ったものの、真がここに現れたことが京を助けに来たという事には繋がらない。
偶然か。
はたまた、追ってくる者が邪魔になったのか。
鈴の主は、何も言わないままするりと京の隣を歩き、そばを過ぎていった。

――しゃん。
「ごきげんよう、集う人間達。それと、小娘」
広がりのいいドレスの裾を指で引き、丁寧に乱れのないおじぎをしてみせる真。同時に聞こえた舌打ちは、彼女のものではない。
舐めた態度に腹を立てたのか、馬鹿正直ともいえるほどに素直なクロエは頭を上げきらぬ真のふところへと飛び込んだ。
いつのまにどこから取り出したのか、少女の得物としては少し大きなナイフを手に。
「真……!」
「心配いらないわ、京。小娘一人に動じる私ではないから」
そう言う真の前で、憎悪をあらわにしたクロエがまるで人の少女のように、力なく動きを封じられていた。
刺突を狙い血を求めたナイフの刃は真の左手一つに、まるで子どもの遊戯だとばかりにいとも簡単に受け止められている。
そして、もう一つの手はクロエの首を掴み引っこ抜かんばかりに強く力を加えていた。
抜ける前に、ちぎれてしまいそうなほどに強く。

「お前」

短く、言う。
低い声だった。京も、真がここまで低い声を発したことを今ここではじめて聞いた。無慈悲な夜の主が、今月を紅く染めんと生贄に責め苦を与える。
プレッシャーに押されていたのか、その行動を予想できなかったのか、クロエは何も抵抗する権利がないほどにされるがまま苦しむ。
足は地についていない。
少女の細い首は、かけられているあまりに強い力に折れてしまいそうだった。人間であれば、おそらくは。
「……っ!」
「お前、と言ったのよ。聞こえなかったのかしら」
京はこの時理解した。真は、心の底から怒っている。遠くで、体勢を持ち直した樹が腰を落として真を見ていた――呆然としている。
無理もない。吸血鬼のことを知っていた京でさえ、ここまで混乱しているのだ。何も知らない樹が言える言葉など何もない。
「ぐ、あうっ……!!」
「一つ、まずはそこにいる男の暗示を解きなさい。そしてこの場からできるだけ遠くへやって、早く……早く!」
肉が、きしみねじられる嫌な音。
クロエは歪んだ表情をそのままに、男のほうへと向き、両の目を一瞬だけ赤みを帯びたものにした。
男はしばらく固まっていたが、暗示とやらが解けたらしく、ことりとその場に銃を置いて公園の外へふらふらと歩いていく。
姿が見えなくなると同時に、真は空いている方の手でクロエの腹部を思いきり殴り、首から手を放しその間にも一発頬に殴打を加える。
骨が複雑に折れるような、聞いていて気持ちのいいものではない音。それでもなおクロエは、立てないにしてもまだ意識をもっている。
吸血鬼は痛覚が鈍いといつか真が言っていたが、それでも少女の苦しみようは半端なものではない。
「私の所有物に触れたわね。傷つけたわね。あわよくば、汚そうとしたわね。……この代償、高くつくわよ」
「う……うるさい! そもそもあの夜にお前が現れなければ、私だって……」
「ふうん」
鼻で笑い、唇の端を意地悪に吊り上げてみせる真。
「気持ち悪い目で見るな」
「小娘。国に帰りたいなら、そうね。空から帰りたいのなら、その切れ目なき大地に住まう全ての人間を暗示に落とす覚悟でいきなさい」
「……」
「タダで渡ろうなんて、お前がのうのうとここで生きていることくらい甘いわ。あの時私に消されかけて受けた傷も、治っていないくせに噛み付いてきて、本当に愚か」


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴