PLASTIC FISH
01.幻日(4/10)
規則正しく、電車が揺れる。時折そのリズムを外したところで軽い衝撃が来るが、扉のそばにもたれかかっている京にはさして関係ない。
学生や一部社会人の帰宅ラッシュか、電車内はそれなりに混んでいた。京の視線の先で、夕陽が落ち、空が夜の色を濃くしはじめる。
「(アダムとイヴ、か……)」
腕を組んでいた先で叩いていた貧乏ゆすりが、止まる。電車から降りれば仕事場は近いのだが、電車自体に乗っている時間が少し長い。
だが、思索するにはいい時間だ。言い方を変えれば、余計なことも考えてしまう空白時間なのだが、京はそれほど俗に関わらないので考えるものの種類はあまりない。
起き、仕事へ行き、帰って寝るか、終電に間に合わなければ仕事場の仮眠室やそのあたりの安いホテルで一晩明かす。
休みの日は部屋の掃除をするか、ひたすら自室にこもって読書という名の勉強(京本人は単なる趣味の読書と思っている)をして寝るだけだ。
テレビは必要ないので部屋に置いていない。同じような人間があつまる仕事柄、休みに遊びに行くということを思いつく人間もいない。
遊園地などの娯楽施設に、最後行ったのはいつだろう。アルバムを探れば少しはそういう写真が出てくるだろうが、それでも人よりずっと少ない。
「(きっと、何度生まれ変わっても私はこうなんでしょうね。仏頂面で、愛想がなくて、友人もいない)」
降りる駅に着く頃には、空はすっかり暗く闇に覆われていた。いや、夜空は暗くとも覆われてはいない。満月が、煌々と地上に分け前を与えている。
不気味な夜だ。
けれど、こうした夜が京は好きだった。故郷に帰ってきたような、古い友人に久しぶりに会う期待のような、不思議と上機嫌になる。
ああ、夜なんて明けなければいいのに。
「(そういえば、昔入院した時も同じことを思ったっけ。ああ、あれから何年だろう……)」
思えば、あの時からずっと自分は何かを待っているような気がする。
何か?
あるいは、誰か?
考えながら、夜道を歩く。そんな京の思考には、もう、今朝見た鏡に映る双星児の姿はなかった。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴