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PLASTIC FISH

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10.残照、選択の時(5/8)



同族と名乗ったのは、偽りではなかった。
こちらへと一直線に走り行くその速度は、人が出せるものではない。数秒、いや、一秒の迷いが結果をいかようにも変えるこの状況。
京はナイフへと手を伸ばそうかとも考えたが、それでは少女の最初の行動を完全に許し、受けることになる。
まずは避けるべく、立ち上がり動いた。
「ふん、こざかしいッ!」
クロエの姿が一瞬、視界から消える。しまった、フェイントだ――そう気付くとともに、少女の蹴りが眼前に迫っていることを聴覚と視覚から判断した。
避けきれないならば、受けよう。
少女の細い体から発することのできないはずの力が、蹴りとして入れた足にかかっている。胴には当てさせまいと防御した左腕の骨が、芯から哭く。
指輪が、ぴしりとわずかな音を立てるが、そんな関係のないことに気をやっている暇はない。
カウンターの一撃はかわされたが、それこそ囮だ。相手が体勢を整えるその時間を狙って、先ほど逃したナイフを手にするべく転がり滑る勢いで駆ける。
少女に添っていた男が行動を起こすのではとそこも警戒視野に入れるところだったが、幸い立ったままじっと戦況を見つめている。
手を出すな、と主人に言われているのだろう。使い捨ての従順なしもべ、それもいい。趣味は悪いがどいつもこいつも似たようなものだ。
ナイフを拾い上げる。切れ味など最初から期待していない、少女の折れてしまいそうな細く小さい体など、内部ごと砕いてしまえばいい。
「おい、女。お前の主人の居場所を吐く気はないか」
少女が、低い笑いとともに話を持ちかけた。外見とにつかわぬ喋りはもう、今更気にすることもない。この世界にまともな存在なんていやしない。
自分を含めて。
「見逃してくれると?」
面白半分に、聞き返した。
同時に、あの細い体には濃い血が流れているのだろうな、と愉悦に顔が歪むのを必死にこらえた。
「ああ。人間として人生を終わらせてやる、お前……これ以上進むと、本当に戻れなくなるぞ」
「忌々しい……会ってすぐのチビが、何年生きてるか知らないけれど余計なお世話よ」
「なら、いい」
少女は再び間合いをはかり、走り出した。
――京の方へはなく、壁の方へ。重力を無視するかのように、壁をとん、と蹴り高く跳躍する。
まがまがしく輝く月を背景に、少女の姿が踊った。
「クソッ!!」
落下地点を読めない。だが、必ず少女は自分を狙ってくる。ナイフを構え、迎撃の構えをとった。
くるん、と踊り子が舞った。
直後に来る、食いしばる歯が折れるのではないかというほどの強い衝撃。ナイフが苦しげにきしんで、
「あ――」
刃は、少女の手刀をまともに受け、止めきれずに折れた。人の肉を裂きその気になれば骨すらも断てる刃がこのざまだ、肌で受けたらどうなるか――。
迷っている暇はない。怖がっている暇もない。
指輪がぴしりと歪んでいくのを視界のすみにとどめながら、舌打ちとともに京は武器でなくなったナイフだったものを投げ捨てた。
蹴れば、相手が空いた場所を狙い打ってくる。
殴ったとしても同じだ。少女の体というハンデを背負っておきながら、なかなかの実力を見せる。
この時点で間違いがあるとすれば、京の判断にある。吸血鬼に、子どもも大人もないのだと。少女が本気を見せているとは限らないのだと。
「ふうん。それが、誓約のあかし」
隙を与えない攻勢の中で、クロエがつぶやいた。探し物を見つけた――とでもいいたそうに、微笑んで。
「それが、何だって……え……!?」
クロエが、指輪へと向かい手を伸ばす。
これだけは渡してはいけない――京は一撃を受けることを覚悟して、それでも左手を逃がすことを優先した。
ぴしりと、指輪がきしんだ。
きしみは止まらない。
そこにあるのは、少女の残酷な笑み、そして、広がる現実に愕然とする京の姿。ただ、それだけ。
「――――」
まこと、と呼んだのかもしれない。

――京の左手にはまった指輪が、入ったひびから亀裂を広がらせひときわ熱く熱を発して。
輪の形を崩し、いくつかの欠片になって壊れ落ちた。
主をこれまで何度も変えながらも、最後に真と京を繋いでいた誓いの指輪が、この世より消滅した瞬間であった。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴