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PLASTIC FISH

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10.残照、選択の時(4/8)




「――はっ……はぁ……!」
暗く深い、果てなき闇の中を高階京は無我夢中に走っていた。何故あの場から逃げ去ったのか、自分はどこで向かいたいのか、わからない。
――真に、会いたい。
そうすればきっとこの葛藤も消える。この苦しみがなかったことになる。やり直せる、あの時からまたはじめられる。
らせん状に続く坂道を走る。
樹が追ってくる様子はない。そうだ、あの人はこの世界に残ったほうがいい――京は少し、安堵した。
他人を心配して心が落ち着くなど、家族以外では生まれてはじめてだ。微笑むそばから、涙がこぼれた。
もうじき坂が終わる。
どこへ行こう。
自宅? 違う。自分の知っているどこでもない、遠い場所に行きたい。あの時そう望んで、あの人に伝えたがままに。
誰の手も届かず、誰の足でも辿り着けず、誰の言葉も聞こえない――その地まで、どうかお願い、導いて。


『私が、あなたの言う『けい』だとしたら、あなたは何をしてくれるの? 私は……目を閉じていたい。帰れない場所まで、行きたい』
覚えている。
自分は、あの夜のことを覚えている。
『目が覚めても、私を覚えていて。いつか会える。忘れないで、どんな形で出会うことになっても、私を――』


「あ、……ッ!?」
世界が、ぐるりと回った。足元を映したかと思うと、乾いた衝撃とともに打ち付けられ、反動によって地を擦る。
「(……もう泣いてるけれども、泣きたい)」
石か何かが落ちていたのだろう。あるいは、足がもつれた。大した理由ではないが、こうしてぶざまに転んだ自分に格好がつかず、そのままで手のひらを握りしめた。
よほど勢いよく転んだのか、持っていた鞄が京自身の少し先に投げ出されている。
衝撃で開いたのか、少しの荷物が飛び出していた。その中の一つ、不自然に巻かれた布の下――見える、鈍い輝き。
「(あの時の、ナイフ……そうか、まだ持っていたなんてね……)」
むなしい笑いが漏れた。左手の指にはめられた、誓いの指輪がふしぎと熱い。
まるで、力がそこから供給されているかのように。そうだ、自分はまだ走れる。まだ世界の果てじゃない。まだ終わっていない。
立ち上がろうとした京の耳に、聞きなれぬ高い声が響いた。

「探したよ、吸血鬼」
「……誰?」
「……同じ気配、でも、お前は違う? 何で……まさか、あいつの眷属とでも?」

見上げる。
人影が二つ、月を背に京の行く先に立ちふさがるようにして立っている。
一人は少女。喋っているのも、この少女だけだ。セミロングのプラチナブロンド、暗闇でもわかる瞳は蒼。異国の少女は白いコートに、手には似合わぬ――あれは、詳しいことこそわからないが、銃だ。
そしてもう一方は男だが、日本人のようだ。少女に添うように立っているその姿は、少女が小柄であることを差し引いてもなかなかに大きい。
目に光が宿っている様子はない。
直感で、京は確信した。あの男は――少女と誓約をかわしている。そう、真と自らのように。
「うる、さい……」
「え?」
「私の邪魔をする奴は、殺す! 殺してやるッ!! 生きたければどきなさい、同族!」
「……ふん、なりあがりの新参が。その言葉そっくり返したいところだ、クロエの名も知らないなんて」
銃が、男へと手渡される。
それでサポートをさせようというのか、それとも素手でやりあうつもりでいるのか、クロエとかいうこの餓鬼は。
指輪の熱が、一層温度を増した。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴