PLASTIC FISH
10.残照、選択の時(2/8)
「寒くない?」
「……寒くないと思いますか。この格好で」
「おや、これは失礼。家からコートを持ってくればよかったかな。帰る? それとも、もう少し待ってみる?」
「待つ……何を?」
「さあ。でもこういうのって悪くないだろ? なんだか、子どもの夜遊びみたいでさ。皆楽しくって帰りたくなくて、気が付いて時計を見たらめまいがするような時間。これは怒られるね、でも皆怒られるんだからいいかな、なーんて言いながら笑って帰路につくんだ」
「……そういう類に、縁がなかったもので」
ベンチに座る二人。
何のことはないくだらない話を続けながら、日が落ち月が高くにたどり着いた後もお互い立ち上がろうとしない。
広い公園の敷地のおかげで住宅地からは少々の距離があり、展望台といえばロマンチックなものを連想しても無理はない。
――空気の読めないカップルか何かが訪れるのではと少々気になったが、今夜は二人をのぞいて誰もいなかった。
あまり人の寄り付かない公園なのだろうか。
辿り着いた時は夕刻だったが、はしゃぎ回り遊ぶ子どもの姿はまったくなかった。犬の散歩、運動に、とさまざまな理由で歩く人影もなかった。
まるで、この公園自体が周りの世界と切り離されているようだ。
不思議な感覚が、京の体を巡る血という血に染み渡る。
「そうか。私もなかったよ、同じだね」
「樹さんが?」
失礼になるかもしれないが、そんな風には見えない。学生時代はあの人を含めて、友達が無駄に多くて、顔が広いがゆえに行く先々で挨拶をし笑う富岡樹という人間の姿が易く想像できた。
しかし、その勝手な想像は本人の言葉により否定される。
「友達なんてもんはつくらなかったよ。……あの子といる時以外は、ずっと勉強して、たまに読書して、愛想笑いなんて全然しなかった。する気もなかった」
「そんな樹さん、想像できませんけど……」
「事実だよ。めんどいじゃん、好きでもないのにヘラヘラ笑って、思ってもないようなこと言って、相手の機嫌をとって、人がいいふりして」
「……まあ、その通りですね」
「だろ? 有意義じゃないよ。それに、ちょっと暗い話になるけどうちは母しかいなくてね。その母も私が幼い頃働きすぎて、私が中学にあがる頃には病気で寝たきりだった」
「……」
暗いとはいうが、樹の話しぶりにかげりは感じられない。
――樹が愚鈍なのではない。
意識して、かげりのかけらも感じさせないように語っているのだ。何も知らないような純真な顔をして、こういう一面を持っているのだからおそろしい。
「だから帰宅部皆勤賞。学校にいなくてい時間は働いて働いて、でも母さんはほどなくして迎えが来た。私は一人になって、その頃は今と違って心が弱かったからね。糸が切れた人形みたいになって、壊れて、しばらく入院してたな。母のために稼いだ金が、それから出たわずかな貯金が、自分の入院代に消えるとはね。大部分は親戚がもってくれたけど」
「体、壊したんですか?」
そうなったとしても無理はない。
両親が今も健康に生きて、一緒に老けてゆける自身のなんとめぐまれたことか。京は、少し両親の姿が恋しくなった。こんなことははじめてだ。
「ここ。もしくは、ここ」
指さすは頭。そして、もう一方の手で指差すは心臓。
「え?」
「心だよ、心が壊れた。どんどん薬の量が増えていって、しまいにゃ入院だ。……あー、うん。不思議な病院だったな」
「不思議……」
「みやちゃん、幽霊とか信じるかな?」
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴