PLASTIC FISH
09.星空は見えず(14/15)
住所を知らせると、待機していたんじゃないかという早さで車が来た。
わかるかな?
車だよ。
救急車でも警察でもないんだ。どこを走っていても不思議のない普通の車が数台、来たんだ。
「一瞬のことに思えた。人が入ってきたかと思ったら、あの男を抱えて出ていった。その後、ちょっと偉そうな人が来てさ。ああ、嫌味じゃないよ」
「……それで」
「私が二度と離すまいという勢いで水城を抱いているのを、静かに見ていた。冷たくなっていく水城を、興味深そうに見てたよ。
――立ち入ってきた数人が言った言葉が、樹には最初理解できなかった。
「え……?」
「さっきの男と、その女。助けて、未来に続けたいと私は思う。そのためには、病院とは違う場所に……察してくれ」
「……」
「女のほうは状態がいいな。さて、富岡君。君の希望を聞きたい。警察へ行くか、私と話を続けるか」
どう答えたらいいのか、樹は迷った。
だが、水城を失いたくないという思いは確かにあった。同時に、男にもっと地獄を見せてやりたいという憎しみもあった。
少し詰まるようにして、返答する。
「……水城は、この女の子は、生かして欲しい。人形のように、大切に。反対に――あの男には、生きたまま地獄を味あわせてほしい」
「ふむ」
「……水城は、水城だけは、失いたくない」
「受け入れよう。だが、君にも私達と同じ業を背負ってもらうよ。さあ」
「ま、待ってください! このままじゃ水城は……」
「必ず助けるさ。その子は私達に任せて車へ乗りなさい」
手放して気付いた。
意識を失った水城の体は、ああにも重いものだったのだと。
「んで、今のアダムとイヴに関わってるってわけだな、うん」
「ちょ、ちょっと待って。水城さんはその後何故イヴに? 何のわけがあって、眠りつづけて……」
京の声を荒げるような問いに意外そうな顔を向けたのち、樹はああ、説明し忘れていたと一人うなずいた。
「水城はね、死ななかったよ。意識も取り戻した。けどね、」
「けど?」
「狂っていたよ。叫んで、泣き喚いて、暴れて、人として生きるために必要なものが欠如していた。目が覚めた時、もう水城の心は……死んだも同然だった」
「……」
――回想は続く。
当時の樹が受けたショックは、相当のものだった。目を覚ました水城は、自分の顔を見ても泣き暴れるばかり。声にならない声をあげ、救いを乞うように見えた。
よっぽど、目の前で起こった現実に心を砕かれたのだろう。
ここで、樹はアダムとイヴについて知る。そして、目の前で狂い続ける親友を、想い人を、やすらかに生かさせる気はないかと誘いをもちかけられた。
つまり、水城を深い眠りに落とし、幸せを抱いて再び生まれるまで――イヴとして生きるその日まで、私達に預けてはもらえないかと言われたのだった。
一方男の方は傷も完治したのち、モルモットとして数年間扱われた。
数年も、死ぬことを許されなかったのだ。死んだことも、故意ではなく事故だった。苦しみに蝕まれた体が、人間としての器をなくし壊れたのだ。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴