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PLASTIC FISH

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09.星空は見えず(12/15)



「にん、げん?」
――あのイヴが、人間?
そんなわけがない。
そんなことは一言も知らされていない。あれの内部は、複雑に回路と人工的な生体模倣が行き交うつくりものだったはずだ。
だけではなく、生きている?
あれが?
表情も変えず眠り続けるあのイヴが、水城が、生きているだって?

「ん、お茶飲みな。みやちゃん、そんなに混乱するこたないよ」
「……は、はぁ。でも……」
「ふう」
疲れた、とばかりに目を閉じゆっくりと深呼吸する樹。軽いストレッチのように腕を伸ばし、背筋を再度しゃんとさせた。
時間を忘れるような話だった。
まさか、最後で「ま、全部冗談」などと言える雰囲気ではない。
京がお茶を飲んだことを目で確認して、樹は再び話をはじめた。
「ふふ」
かと思うと、頬杖をつくようにして猫のように笑う。唐突に顔をほころばせたかと思うと、その視線は他の誰でもない京へ注がれた。
「樹さん?」
「人を殺したことはあるかな? みやちゃん」
「え?」
「人の肉をえぐり、内臓を潰して、返り血を浴びて、悲鳴に鼓膜がやぶれんとして、そんなことはあるかな?」
「……樹さん」
察する京。この人は、苦しんでいる想い人のために、この人は――。
「私は、あるよ」
部屋の空気が、一瞬のうちに冷えた。

「八年前、そう、まだ八年しか経っていない。私は名を言えば誰もがああ、とうなずくような大きな製薬企業からお誘いがかかっててね」
――私は、本社に赴くために地方を離れた。そして、訪れたんだ。

「最後受け取った水城からの手紙に書かれていた、住所の場所をね」
「……」
樹さん、と名前を呼ぶことすらためらわれた。思いつめながらも全てを達観したように冷め切っている樹の声は、迫る何かがあった。
「出てくれたよ、彼女は。狭い部屋は散らかっている、というより荒れていた。タバコの匂いがして、足元には酒の瓶が転がってて、吐き気がした」

何度目の回想になるのか、樹は八年前の景色を思い浮かべた。
「……ああ、水城の言ってた人か。どうぞ、汚いですがゆっくりしていってください」
無精ひげを生やしたその男は、実年齢よりも老けて見えた。細身でいかにも気の弱いといった雰囲気をかもしだしていたが、人は見かけによらないことを樹は当時すでに知っていた。頭を下げ、おじゃましますと靴を脱ぐ。
「どうも、突然なんの連絡もなしにすみません。近くに用事があったもので、田舎から出てきて……幼なじみに、会いたくなったんですよ」
「いえいえ、お気になさらず。おい水城、茶ぁ持ってこい。……あ、コーヒーや紅茶の方がお好きですか? それとも、お酒?」
「残念ですが、お酒に弱い性分でね。すみませんね、色々と気を使わせてしまって。せっかく夫婦水いらずに過ごしていたでしょうに。この休日」
台所から、食器が響きのいい音を奏でている。水城の顔色を、居間からではうかがえない。樹は心の中で舌打ちした。
いや、舌打ちどころではない。
今ここで、笑顔の裏にこれ以上ない殺気を隠していること、この愚鈍な男には気付くまい――樹は憎しみで人が殺せるのだと、確信した。
鞄に手をかける。得物が予定通りおさまっていることを確認し、取り出そうとするが水城が台所より現れ、予定は急遽変更される。
「……どうぞ」
「どうも」
「おい、水城。お前も座れ、いろいろ話すこともあるだろ? お前に大事な友人がいるって聞いて、男かと思って俺は気が気じゃなかったよ」
「女の人だと何度も言ったのに、信じてくださらないから……」
「なあ、富岡さんだっけ? いやあ、玄関にいる時は声をちゃんと聞くまで男かと思ったよ。ああ、失礼だったらごめんな」
――タバコを吸う時は客人に許可を取れ。樹は、心の内で毒づいた。
視線をそらした先にある水城の手は、随分と荒れている。腕は青白く、今にも折れてしまいそうだ。
昔から彼女は人形のように儚げな美しさをかもしだしていたが、今ただよわせているのは、危うさだけだ。
まくれた裾から、青いアザが見える。赤い火傷の痕が見える。顔のアザは、化粧で巧みにごまかしているようだが、それが通じるのは察しの悪い一部の男だけだ。
「はは、男っぽいってよく言われます。どうも、ヒラヒラしたスカートとか長い髪は合わなくてね」
「もしかして、レズとか?」
「……いえ、そんなことは。親に心配されて、勝手に見合いの段取りをすすめられるくらいですよ。参っちゃいます」
そう言い、声だけで笑う。だが、顔は笑った時の顔をうまく模倣している。男はもちろん、水城をも騙せるだろう――そんな、よくできたイミテーション。
「レズなら三人で楽しくやれたのになあ、残念だなあ」
「あ、」
その時。
男が機嫌よく伸ばした腕を、水城は驚いたのかはたまた殴られると思ったのか、怯えきった勢いで飛びのいた。
そのまま、先にいた樹にしがみつくようにして震える。涙がぽろぽろとこぼれてゆくさまを、樹は無表情で見た。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴