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PLASTIC FISH

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09.星空は見えず(11/15)



――水城。
「樹ちゃん、私、どうしたらいいのかな。……さんが、ぶつの。仕事もやめちゃって、あはは。私、働きはじめたけど意外に楽しいね。樹ちゃんが一心に働いてた姿、思い出すよ」
――そんな男、別れたらいいよ。家に戻れば親御さんもわかってくれる。子どもができたら、きっともっとひどくなる。
「そんな男、なんて言わないで、樹ちゃん。わかってる……どんなにひどい人かわかってるけど、あの人は私の愛した人なの……離れられないの、好きなの」
――じゃあ、私を頼って。一度戻っておいで、そうしたらその相手を失うわけでもないだろ? 水城が帰りたいと思ったら、帰ればいいんだ。
「駄目なの……駄目なのよ、樹ちゃん……」

「数年かな。遠い地で暮らす彼女に、私は……手紙を書いてはいたけど、実質は何もできなかったよ。手紙が届くたび、その内容はひどいものになっていった」
「……」
「水城の心が壊れていくのがわかった。私の愛した水城が苦しんでいることが痛いほどに伝わってきた。後からわかったけど、水城はびんせんに自分の涙が落ちてにじむたび、新しく一から書き直していたんだ。わかる? 知られたくなかったんだよ……そこまで苦しんでいる自分を、他人の救いを彼女は拒んだ。優しいがゆえに」
樹の手が、強く爪を立てて握られている。よく見ると、手だけではなく体をも細かく震えていた。樹は、泣いていた。
「……」
さすがの京にも、こんな樹を前にしては責めることなどできなかった。
樹は人として恋をした。
その相手が、同性だった。それだけのことだ、何の問題があろうか。後に血筋を残していけないとはいえ、そんな時代ももうすぐ終わるはず。
富岡樹という人間は、恋慕としての好意を相手に示した。
相手である水城も、好きという面では彼女らは両想いだった。だが、水城のそれは恋慕をともなっていなかったのだ。
「水城は優しかったよ、ほんとうに。私のことも心配してくれた。私の面影を忘れて、いい人を見つけてと言ってたな。当時はむっとしたけど、水城が伴侶の男に苦しめられる痛みを思えばそんなことどうでもいいことだったよ」
「……八年前に、一体何があったんですか……その、樹さんの語る水城さんという人間は今もこの世にいるんですか……?」
「いるよ」
あまりの即答に、京は言葉の選択に迷った。
それを狙ってか偶然か、樹の言葉が途切れることなく続く。
「君も見ただろ。中枢で眠り続ける姫さま、イヴが水城だよ。生きる時間を止めてもう八年も経ってしまったけれど、あれは作り物じゃない。本物の人間さ。目覚めないが生きている、私の知る水城さ」


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴