PLASTIC FISH
09.星空は見えず(10/15)
樹は、ペットボトルに満ちた水を見やり、封もあけぬままに淡々と話しはじめた。
「小さい頃から一緒でね、私はその頃から彼女を愛していた。彼女のためなら何でもしてみせよう、捧げようと思い幸せな未来を思い描いてた」
「……幼なじみ、ということですか」
「うん。水城にとってはそうだったね。ああ、私もあの頃は若かった。学生の頃は、水城に寄ってくる泥棒猫をおっぱらうのが日課だったよ」
「そのこと、水城……さんは理解してたんですか? 樹さんの想いにも気付いていたと?」
「わからないようにやるのが筋ってもんだろ。後者に関しては、さあね。あいつも私も老化していく。八年前のあの日にはすでに、知っていた」
――水城。
「ねえ、樹。ごめんなさい、私これからあまりあなたと一緒にいられないかもしれない」
――そんな、やっと退院できたから、あの檻から抜け出せたから、一番に会いにきたのに。
「大事な……いや、樹のことももちろん大事よ。でも、違う意味でもっと、大事な人ができたの」
「わかるだろ」
座る姿勢を変えた樹の声に、昨晩聞いたあのかげりが混じった。どこを見つめることもなく、視線はちらちらと移りゆく。
「……」
「彼氏だよ。水城も、人間である次に女だったってことさ。あいつはその男と同棲しはじめた。私の目を、見なくなった」
「それは……」
「私の気持ちに気付いてたんだ……それで、優しい水城は私に会わせる顔がなくなったんだろう。それでも、時折手紙を書いてくれた」
「……手紙」
「そう、手紙。はじめは明るい内容だった。結婚も決まって、どんなドレスがいいかな? って言ってた。でもね……」
結婚して、男は変わったんだ。
そう言って、樹は再び過去の回想をより深いものにした。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴