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PLASTIC FISH

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09.星空は見えず(4/15)



「構わない」

京の内でリフレインする短い言葉。それが、主人のものであるのか、それとも目の前にいる獲物が発したものなのか、読めない。
樹の目を見るのが怖い、樹がいる方向を見るのが怖い、京は目をそらしたまま動けなかった。
聴覚は、遮断しようと思えば遮断できる。獲物の声など無理に聞くこともない。
――何故、人でない私は人である富岡樹という存在に対して、ここまで怯えている?
追い打ちをかけるように、樹が言葉を続ける。
「構わないさ、京、君が何であっても。勢いで言ってるわけじゃない、私はずっと空想の中に君を見ていたよ。生まれ変わるように姿を変える、色んな君を見ていたよ」
「……所詮、空想じゃないですか……現実とは違う」
「そう、空想だ。私はね、何年もずっと君という人間を見ていた。寝ていても、起きていても、君がそばにいた。けれど、それは幻に過ぎなかった」
「……」
「さっき、気付いたよ。私の言っていることは全て都合のいい夢語りにしか聞こえないだろう。ならば」
焦らすように口をかたく閉じ、視線だけを京に向ける樹。
京は恐怖していた。
やはり、先ほど感じた危うい予感は当たっていたのだ。確かに目の前にいる、富岡樹という個体は人間だ。けれど、人間というには屈折しすぎている。
人でありながら、人という壁を越え、内部に渦巻いている混沌を感じるに恐ろしい。
狂っている。
普通の人間であれば、出会って数日にしかならない人間に対してそこまで大げさな感情は抱かないことであろう。
だが、京にはわかるのだ。人間ではないこの体が、敏感に狂気を感じとり危険信号を発してくるのだ。ある種の、第六感である。
会ったばかりでもわかる。
声にのせて、あるいは瞳に映るものにのせて、感じる肌の感触にのせて、どんな方法でもいい。
相手が今まで辿ってきた記憶の糸が、鮮やかに感じ取れてしまう。人間はいかに鈍感に生きているか、京はこの時はじめて理解した。
そのうえ忘却という救いさえ残されているのだから、いいものだ。
樹の口が、ためらいなく言葉を発した。
「それならば、あなたは本当の自分というものを私に見せてくれるのか?」
「……」
「反対に問おう。この数日で見てきた私が、私の全てだと思ったかな? いったいどう見えたんだろうね、私は。馬鹿だと思ったかい。心の内で何度もため息をついて苛立ったかい。考えの浅い、事情も知らず誰にだって笑ってくれと馬鹿みたいな奇麗事を言う愚か者に見えたかい。調子のいいおめでたい奴だと思ったかい」
「……それは、筋の通らない誘導の仕方だわ……」
言いながら、京は怯えていた。飛びのいた自分とは違い、音もなく静かにブランコの鎖から手を離し立ち上がる樹は、かげりを増して殺気すらも感じさせた。
人間であっても、化け物であっても、望んだ相手は手に入れる。
手に入らないなら、殺してしまう。迷いはないに決まっている、自分ものである想い人が他人になるビジョンを見た日には、恋慕のあかしとして自らを返り血に染めるだろう。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、考えたくない。考えたくないというのに、樹の考えていること、樹の価値観、色んなものが京の頭に入ってきては記憶に刻まれてゆく。
わざと。
まさか、相手は全てを知っていて、わざと自分の心を無防備に開いているというのか。それでも受け入れてくれるのか、試すために。
京は震えるがまま、無意識に樹の瞳と目が合ってしまう。
何も映していなかった。
光の消えた瞳が、飾り物のようにそこにあって京のいる方向に向けられている。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴