PLASTIC FISH
09.星空は見えず(3/15)
「樹さん」
第一声。
推し量り残酷な現実を見せてやろうという京の、鋭い問いかけ。
「なにかな」
樹はその思惑に気付くはずもなく、警戒心のないあるがままの瞳で京を見た。
悪魔はやさしい声でささやくのだという。無意識の悪魔は、いざなうがままに想い人をかごに閉じ込めいとおしいとばかりに抱くのだという。
「私が人間ではなく、人間の生き血をすすっては愉悦に浸る化け物だと知っても、同じことが言えますか」
「……」
「その気になればこの場で貴方を殺してもいい。見るに無残な、肉片まみれの醜い死体にしてあげてもいい」
「京ちゃん?」
「嘘なんて言わないわ。どんな生き物でも、貴方は私という存在を受け入れてくれるの?」
――そうよ、京。もっとお言いなさい……あなたはもう、人間の世界には戻れないのだから。別れを惜しむことのないほどに、断ち切ってしまいなさい。
そうだ。
――さあ、京。言葉で通じないのなら、見せ付けておあげ。私の血を受けたしもべよ、目の前にいる人間を畏怖に落としなさい。
そうだ。私はあの人と誓ったのだ。あの人の血がこの内に流れている。もう、気持ちとは関係なしに私は立ち止まれない。
――高階京、主人が命じる。目の前にいる人間を、富岡樹という名の純粋で愚かな人間を、絶望の底に陥れなさい。
もし、やりすぎてしまっても。
――あなたは人間じゃない。だから、
「構わない……」
「……!?」
一体何が起こったのかと、京は現実へと戻るなり混乱した。主人の声と、目の前にいるこの人間の声が、ぴたりと重なった。
言霊が重なるというのは、そう簡単になせるものではない。波長、重み、瞬間、その他全てが一致しないとありえないことなのだ。
京の内に通っていた弱い電流が、一つとなり火花が散る。うつむき、ゆらりと人形のように顔を上げた樹の目は――蜘蛛が、巣にかかった獲物を見るような、そんな狂気にも似た何かを感じさせた。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴