PLASTIC FISH
08.決別を求められているもの(4/4)
昼食を終え、帰ってからも粘着質につきまとわれるのではないかと京は内心うんざりしていたが、遅れて戻ってきた樹の反応はそっけないといっていいほどあっさりしたものだった。
「富岡、俺帰るわ。お疲れ」
「あー、はい。蛍原さん、お疲れさまです」
背後で聞こえるやりとり。自分のデスクに頬杖をついて京はふっと聴覚のほとんどを遮断した。
一応、支障が出てはいけないので樹が話しかけてきた際には聞こえるよう調整してある。聞こえなくなるのは、外で車が走る音といったそんな喧騒だけだ。
聞いてて心地よい時もあるが、聞きたくない時も当然ある。
「……」
何も聞こえてこないことが気になり、察知されない程度に目線を上げた。自分の真横を通り抜け、樹は少し離れたデスクの前で書類をかき集めている。
おそらく樹専用のデスクがあれなのだろう。集め終わると、それを片手で胸に抱き京には一瞥もくれぬまま部屋を出ていった。
部屋に、静寂が訪れる。
「……はあ」
安堵か、物足りなさか、ため息が出た。
もう、何ヶ月あの人に会ってないのだろう。廃ビルで昼の光をしのいでいると言っていたが、廃ビルなど多すぎて絞り込めない。
片っ端から探りを入れていってもいいのだが、真のことだ。京の気配を感じ取るなり、他の場所へするりと逃げおおせることだろう。
時がくれば会える、なんて言っても人間の寿命は短いのだ。少しずつ平均は長くなってきているが、人外とは比べ物になるまい。
そして、待つ時間というものは永遠といっても差し支えないほど長いのだ。
自分を人間と吸血鬼の間にある半端者にするだけしといて、まさか他国へ行ってしまったのではあるまいか。
最後に会ったあの時見た、無垢な寝顔(厳密には寝ていなかったが)は全て演技に彩られていたというのか。言った言葉は、全て嘘いつわりだったというのか。
会って話すこともない。
会う理由がない。
それでも、
「(……別々にいるよりかは、一緒にいたほうがいい)」
京は待っていた。時が満ちる夜を。
考えていると、余計に会いたくなる。
自然と、手はそばにあるキーボードを叩いていた。途方もなく広い電子の海に、探りを入れる。
キーワードは『吸血鬼』。
「……多い」
思わず声に出してしまった。映画、漫画、アニメ、ヴラド・ツェペシュ、その他ヴァンパイアフィリアの殺人犯など、除外するワードを増やしていく。
――ぷつん。
「え?」
一つのページを何も思うことなしに見つめていた彼女は、急に切れた電源に驚いて頬杖をついていた手から頬を離し顔を上げた。
また電気が通わなくなったのだろうか。
だが不思議なことに、一度オフにした電源を再び入れると、PCは何の問題もなかったかのように正常に立ち上がる。
「……」
仕事が少ないからと脱線した行為を行っていたのが、知れたのだろうか。いや、こなすべきことをこなしていれば寛容な同士達だ、何も言わないはず。
一瞬、黒衣のあの姿が頭に浮かんだ。
「……まさか、ね」
それでも少々の期待を京は抱いていた。だからこそ、日が暮れ深夜近くになるまでじっとデスクでそう責任の重くない作業を淡々とこなしていた。
待ち人は来なかった。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴