PLASTIC FISH
08.決別を求められているもの(3/4)
「……あの、さっきから見つめられてる気がするんですが」
「うん? そんなことないよ」
高階京は、困っていた。
少し前のことを、あまり覚えていない。引きずられ外に出て、洋食屋に連れて行かれ、席につくまで手をずっと繋いでいたのが恥ずかしかった。
そして離してからは離してからで、相手はパスタを半分ほど食したかと思えばなにかとこちらを見つめている。
思わず、自分の頼んだオムライスをもてあそぶようにつついてしまう。食べ物で遊んでいるつもりはないが、この状況ではどうも食べづらいのだ。
にこにこと裏表のない笑顔を向けてくるのが、まぶしい。
「樹さん、せっかくだから何か話をしてくれませんか?」
仕方ないと心中ため息をはき、京は話の主導権を相手に預けた。見つめることも忘れて、べらべらと自分のことを語ってくれることを祈りながら。
人間そんなものだ。
大抵は話したがりで、自分が被害者だと思っていて、勝手で、長い時間をかけて築いた信頼など薄く一瞬で砕け散る。
反応をうかがうため、樹の表情をうかがう京。
予想通り、樹の気は京への注目、興味からよそへ行ってしまっていた。それはいいにしても面倒なことになってしまったな、と今度は実際のため息がもれる。
「そう、それだよそれ」
「はい?」
「数年の間、私が見る京ちゃんはいっつもため息を吐いて誰にも近づかせないオーラを出してた」
遠慮なく物事を言う人だ。
腫れ物を扱うように接してくる人よりかは嫌いじゃないが、好きというわけでもない。
「そう……でしたっけ」
自分のことなのに、京はまったく心当たりがなかった。というより、今の仕事場に移動してからの思い出があまりない。
唯一うるさくない程度に話しかけてきてくれる蛍原と一緒に行動した覚えもないし、食事をとったこともない。
出てこいと指定された時間に出勤し、デスクへ向かい、たまに他の場所で仕事を任され、午後に無糖のコーヒーをすすり、家へまっすぐ帰る。
それだけだ。
「ずっと、見てたよ。だからわかる。京ちゃんはまるで来もしないような何かを待ってるような顔で、ずっとお仕事してた」
「何か……?」
「うん。でも、最近……去年の秋くらいかな。一騒動あったでしょ? あの時くらいを境に、表情が変わった気がするよ」
話しながら、『失礼』とコップに注がれていた水を口に含む。パスタが冷めつつあるのだが、樹という人間は小食なのだろうか。
それとも、話していると他のことが見えなくなるタイプなのだろうか。
「はあ、それで樹さんは何をおっしゃりたいんですか?」
毒が出てしまったが、言ってしまったものは仕方がない。
第一、樹にも傷ついているというか、別段気にしている様子はない。繊細なタイプも扱いにくいが、鈍感すぎるタイプも面倒だ。
「ん、笑ってほしいなって」
「え?」
「もしかしたら京ちゃん、仕事以外でもそうなんじゃないかなって思って。だから、ひと時の間でいい。笑ってほしいなって」
余計なお世話だ。
「笑う……といっても……」
「あー、なんつうかな。顔もそうだけど、表面(おもてづら)だけの話じゃなくてさ。心をもっと、笑わせてやってほしい」
言って、樹がやっと自分のパスタをフォークに絡ませはじめた。小食なわけではなかったらしい。
「言っていいですか」
「うん」
「余計なお世話です」
「そうだね」
「……」
そう返されるとは思わなかった。何を言っても無駄だ、京はそう判断する。
「代金、ここに置いておきます。お先に失礼します」
「あ、」
樹が何か言っているが、気にしない。代金が少々多かった気もするが、そんなことはどうでもいい。
京は早足で店を出た。
「あっちゃー……嫌われちゃったかな。どうしたもんかな……」
一人残された樹は、もどかしそうに髪をいじりながら困った表情を浮かべた。まだ、太陽は高い。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴