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PLASTIC FISH

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08.決別を求められているもの(2/4)



「ごめん! いや、数少ない仕事仲間だからさ、挨拶も何度かしたし顔くらいは覚えてくれてるかなーって勝手に想像してた。改めて挨拶するよ」
「……」
馴れ馴れしい。そして、うるさい。
初対面に近い人間にここまで文句を覚えるのはそうそうない京だが、正直なところ第一印象は良い方ではなかった。
相手はそれを知ってか知らずか、丁寧に頭を下げた。やけに慣れている、猫背がちだといわれる京と違って姿勢がいい。
「富岡」
「え?」
「富岡樹(とみおかいつき)。年上で、同時に先輩。ずっと声をかけようか迷っていたんだけど、最近ごたついてるからね。なかなかチャンスに恵まれなくて」
はは、と笑う。何がそんなにおかしいのだろう。樹を見る京の目つきが気持ち分とげとげしくなってしまう。
「……高階京(たかしなみやこ)です。さっきはすみませんでした、よろしくお願いします」
「なるほど、みやこだからみやちゃんか。どんな字書くの?」
「え」
そんなことまで答えなければいけないのだろうか。何故ここまで自分に興味を持ってくるのだろう、京は舌打ちしたくなるのを必死に抑えた。
ここは仕事場だ、プライベートで知らない人間に絡まれたならまだしも仲間相手に笑顔をはがすわけにはいかない。
まあ、もともと特別笑っていることもないが。
「みやこ……漢字三文字? いいよなぁ、女の子っぽい名前って。憧れるよ」
「一文字です。えっと……京都の『きょう』、東京の『きょう』」
「京ちゃん? ちょい待ち! メモさせて」
「はぁ……」
なんだか、疲れてきた。いつも無糖のコーヒーを飲んでいるが、今日ばかりはこれでもかと砂糖を入れてしまいたい。
糖尿病予備軍だと自称していた同僚が『入れずにいられない時もあるんだよ』と言って砂糖を派手に入れていた気持ちが今なら少しわかる。
「しっかし、珍しい名前だね。京か、なんだかいいな。雅っていうのかな? 和な名前、趣があるよね。世間で言う趣って私はあんまり理解できないんだけど」
「あの、すみませんが私……」
時計の針は正午を過ぎている。休憩に行くので失礼します、と去ろうとした京の手を、樹の暖かい手がやさしく捕らえた。
嫌悪感はない。ないが、京にとってはどちらかというと真の冷たい手のほうが好きだ。
「お昼」
「え?」
「お昼、行こう。ここらのご飯はおいしくないのばっかりだから、安くていい店案内するよ。和食? 洋食? 中華?」
「ちょっ、え、あの、待って……!」
樹の手はさほど強く握っているわけではないのだが、不思議と逆らえない雰囲気をまとっていた。
社交辞令や職場の付き合い、そういうものとは違う。何か、こう――人を引っ張るのに向いているというか、一言では言い表せない何かがある。
先を行く樹の後ろ姿を見、思う。
「(姉がいたら、こんな感じだったのかな……少し抜けていて、けれど、真面目な時はとても頼りになって、先導してくれる……)」
ちりちりと、わずかに記憶の層が焦げた。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴