PLASTIC FISH
07.ルナティックトーチ(5/6)
「(えっと……とりあえず、真似てみよう)」
躊躇するままに、舌を出し首元を舐めてみた。秋の終わりとはいえ、人間は汗が分泌されるものだが、真には汗特有の酸っぱさというかそういったものが全くない。
汗まみれの吸血鬼というのもまたそれで嫌だが、全く感じられないというのもやはり不気味だ。
相手は人間ではないと、嫌でも思い知らされる。自分もいずれそうなってしまうのだろうか――少しずつ、少しずつ、侵食されて。
「(……)」
この行為を行う意味が見出せないので、京はもう少し続行することにした。確かに、肌の下に血が流れているのは感じられるが――特定まではできない。
どれが一番大きな血管だろう。もしかすると、人間とは配置が違っているかもしれない。京は紆余曲折しながら、舌を這わせ続ける。
自分の唾液で相手の首筋がべたべたになるのも嫌なので、京は舐める行為をほどほどに切り上げた。
いよいよ、噛む時である。
手で触れてわかったのだが、自分の歯はそんなに別段とがっているというほどでもない。こんなもので本当に肌を破れるのか。
詳細がまったくわからないため、まずは子どもが反抗するように噛みついてみた。
起きたらどう説明しようという不安が、行動をためらわせる。十代の頃よくカッターナイフを自分の腕に向けて遊んでいたが、自分で意識して肌を傷つけるのはとても難しいことだと刃をあてる度に思った。
鋭利になった植物の葉で手を切ったり、転んで皮をすりむいたり、予期せずできる傷はあんなにあっけなく肌の下の血をひきずり出してみせるのに。
「……むう」
視点を変えよう、と思った。
ここで持ち帰ってきたナイフに頼るのは格好が悪い。となれば、刃物の真似事をして歯を滑らせるというのはどうだろう。
二度目とあって、今度は一度目よりも力が入っている。
「ん……」
ようやく、わずかながら傷ができた。皮一枚めくれたその傷から、血がじわりと姿を現す。
吸血鬼は治癒能力が高いので、多少の傷ならすぐに治ると先ほど今まさにここで傷ついている本人が言っていた。
急ぎ口を近づけ、舐めるだけでは足りなかったので少し吸ってみることにする。痛覚も人間より鈍いと言っていたので、痛くはないだろう。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴