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PLASTIC FISH

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07.ルナティックトーチ(4/6)



肩にも近い首元へ、一番に触れたのは京の予想した鋭い牙ではなかった。
その熱さに、思わず飛びのいてしまおうかと思ったくらいだ。肌はこんなにも青白く冷たいのに、今触れているもの――舌は、人間のように熱い。
血管を探し回るように舐められるのは少々不快に感じたが、すぐにそんなことは頭から消えてしまった。
何かに似ている、京は思う。
何だろう。
わからない。答えがもうすぐそこにあるのに、手が届かない。酸っぱいぶどうじゃあるまいし、あまりの自分の間抜けさに心の内で一人笑ってしまう。
「……」
沈黙が心地よい。
時折、衣擦れの音がわずかに響いて、ああ、自分は何かいけないことをしているのかと思ったが冷静に考えればとうに成人を過ぎている。
吸血鬼だと名乗る相手の年齢は、きっと人間の基準ではかると常識外れな桁だろう。聞くだけ無駄だ。
血を吸うことはつまり吸精だと何かの本にあったが、ああ、確かに。体験したことがないのではっきりとはわからないものの、少し似ている。そんな気がする。
「痛い?」
ふと、耳のすぐそばで真の声がしたため、京は思考を奥底に封じ隠した。
思えば、血を吸われているということを忘れていた。やはり間抜けな話だ。焦らしているのか、牙をいつまでたっても突き立てないのでわからなかった。
「舐めただけで痛いもなにもあるものですか」
「……?」
「何よ、黙らないで」
「いや……もうそれなりの量を、吸ったのだけれど。細かい加減をするのは久しぶりだから、一応確認のために聞いたのよ」
「え」
絶句。いや、それほど大げさなことでもないのだが、それくらい京は驚いた。
いつのまに自分――京の肌を傷つけたのだろう。いつ、血が体より外に流れ出たのだろう。神経を集中していたはずなのにまったく気付かなかった。
傷がついているのか確認したくなったが、思ったより痛々しそうだとそれも困るので、やめる。
「(なんだか、未知の領域だけに仕方ないとはいえ……主導権を完全に握られているのは、悔しい)」

少しの時が経った。
夜明けはまだ来ない。もうすぐ冬も近い、昼の時間よりかは夜の時間のほうがずっと長い。
「……」
見ると、何の理由付けがあってこうなったのかは理解できないが、同じ布団の中で真が静かに目を閉じている。
ブーツの底はそう汚れているふうでもなかったが、土足は土足なので脱がせてある。あの後ずっと迷ったあげく首筋をなでてみたのだが、
目の前で眠る彼女が言う通り傷痕なんてみじんもなかった。京はもう、混乱を通り過ぎてひどく冷静になりつつある。どうにでもなれと思う。
「……しかし、こうして見ると」
無害なものだ、と感じる。
無防備に目を閉じたままの真は、どこか雰囲気にあどけなさを残したまま。口を開けばそんなことはどこかに吹っ飛んでしまう。掴みどころがない――いったいどれが本当の真なのだろう。
頬に触れてみる。少し冷たいが、夜気に触れていれば人間でもこの程度のものになるだろう。蝋人形などとはほど遠い、血の通った肌だ。
触れている手が、自然と下へ下がりゆき――首筋へ、触れた。
吸血鬼の血を吸うという行為がどういうものか確かめるには、吸われた経験と同じくして、吸った経験も必要になるだろう。
正直言うと、京は数時間前に男の血を吸ったが、その時は自我もあいまいで細かいことを覚えていない。気が付いたら目の前に屍(かばね)があった、それだけだった。
「……少しなら」
しもべが主人に言葉通り牙を向いても、たてたとしても、許されるだろうか。
起きている時の真ならわからないが、今こうして無防備にあどけない寝姿を晒しているこの真なら、何も咎めない。かもしれない、保証はもちろんない。
そっと、束になった黒い髪をどけて、白い首筋を晒してみた。
起きる気配はない。
京はそっと、主人の首元へと顔を近づけた。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴