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PLASTIC FISH

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06.夜の世界へ(3/4)



「ックソ……痛い、何でこんなに痛いんだよ……」
「……」
たった一撃与えただけなのに、あっけないものだ、と冷ややかに見下す京は思った。
よほど痛いのか、両手で必死におさえている頬をぐりぐりと踏みつけてやる。男がこの世のものではないような悲鳴を上げるのを聞いて、京は悦んだ。
笑顔が、彼女の顔をひどく意地の悪いものに歪ませてゆく。
悪魔。
非人間。
吸血鬼。
なんとでも言え、自分にはもう、そんなつまらないものにとらわれることもないのだから。

痛いわりに手が自由に動いていたので、利き手とおぼしき右の手のひらにナイフを貫通させ地面にはりつけてやった。
痛覚はまだ生きているようだ。
かわいそうに思えたので、不公平だと嘆いているもう一つの手のひらにもナイフを刺して、今度は簡単に再生できぬようぐりぐりとえぐってやった。
自分の、京という存在の主人に逆らった罰だ。
反応が薄れてきたので、意識を戻させるべく腹などを蹴ってもてあそんだ。何度も何度も蹴って、男の服が血で真っ黒に染まるほど傷つけた。
四肢をもいでやろうか。そうだ、順番を選ばせてやろう。ナイフをナタのようにして叩き斬るのと、馬鹿力で無理矢理ちぎるのとどちらかいいかまで選択権を与えよう。
意識だけは落としてはいけない。楽にしてはいけない。もっと苦しめ、もっと痛みを感じなさい、生まれてきたことを後悔するのよ。

「……ぅ……」
もう、威勢の良さも残っていないようだ。男は死んだように地に倒れ、ぴくりとも動かない。血が辺りを小さな池に変え、まるで男は血の海に溺れる魚のようだった。
人の形をした魚が、鮮血の海で溺れている。
「もう少し遊んでもよかったのだけれど、これ以上遊ぶとあなた、壊れちゃうわね。私が吸う分の血が、その細い体に残っていることを祈るわ」
京はまだ気がつかない。
自分が、こんなにも非道な行為を笑顔で行っていることに。人としての人生が、断たれつつあることに。
愉悦の表情を崩さないままで、彼女は男の血を吸った。
不思議なことではない。
吸血鬼たるもの、同族であれ、人間であれ、動物であれ、生き血をすすって夜の世界に生きていくものだ。
「(……不味い)」
予想できていたが、男の血は味が良くない。比較物をほとんど知らない舌ではそんな感想しか出ないが、どちらにせよ気持ちのいいものではない。
恐怖に染め上げていなかったら、きっと飲めるものではなかっただろう。そんな下等な血を自分の内に取り入れるのはどうかと京は途中ためらったが、結局飲める分は全て飲んだ。
口元をぬぐい、物言わぬ人形となった男を見下ろし思う。
「(真の血は、あんなに甘かったのに……)」


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴