PLASTIC FISH
05.嵐の予感(1/4)
昼間の世界だった。
午後のあたたかな光が差し込む空間、そこには数週間前の騒動の痕はどこにもない。
ガラスは総取り替えでもしたのかヒビ一つない綺麗なものへと息を吹き返し、壁の損傷もいまや判別がつかない。
「……」
手元で、新たに申請し受け取ったネームプレートをもてあそびながら――高階京は、何を考えることもなく座ったまま席を動かなかった。
高階の文字が、角度によって光に反射しまばゆい白を放つ。
「(あの時から……髪、ほとんど伸びてない)」
多少、それでも外を歩く機会の多い人間とは比べ物にならないほどだったが、京は確かに夏を終えた時点で日焼けしていたはずだった。
それが今やどうだろう。たったの数週間をいつも通りに過ごしただけで、肌は本人ですら生きているここちがしないほど青白い。
直後はなんやかんやと顔見知りの人間に心配されたが、今となってはこれが普通となってしまった。元々焼かない、焼けない人間の多い仕事場なので
青を感じさせるほど白くても『地肌がそんな人もいる』とすんなり受け入れられる。
少々低血圧気味な朝が続いたのも気になったものの、その問題は数日で溶けるように消えた。人間の順応能力、というのだろうか。
「(どうでも、いいか……)」
穏やかな秋の気配に誘われてか、周りに他の人間がいないことを確認して、京はそっとその両のまぶたを下ろし視覚を遮断した。
どうでもいい。
そうだ、こんなことなんて、いや、それだけじゃない。自分は今まで何をそこまで固執していたのだろう。ばからしい。
こんなことをしている間にも、人は生まれ続けるし、死んでいくというのに。人間という生き物は、どうしてこうも。
「(どう、言えばいいんでしょうね……この状況……)」
不思議なものだった。日に日に、日常への関心や、興味がまるで京の内で死にゆき大地に埋まるように削られていく。
今まで波こそあったが、どうでもいい、などということを思ったことはない。知的探究心こそ、彼女が生きるための核になっていたからだ。
送る毎日毎日が、ひどく味気ないものに感じた。全てが作業に思える。食事、睡眠、親への思いやりさえも。
肌だけではなく、内面さえも冷え切ってしまったのだろうか。こんな仕事の中に身を置き、咎を背負っているとはいえ、自分はそこまで冷酷だっただろうか。
「真……」
まばたきをし、視覚を通常の状態へと戻す。つぶやく名前は、全てが変わった夜に聞いたものだった。
誰から?
――人の形をしていながらも、人ではない、あの人から。
自分の、主人であるあの人から。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴