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PLASTIC FISH

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04.誓約の儀式(2/2)



「誓いなさい」
「……?」
「あなたの目は、あなたは、生きることを選んだ。それがどれだけ絶望に満ちたものであっても、私は責任を取れない」
「……」
言い返す気力もない。ただ、京は選択の時を待った。
「それでも構わないと言うならば、私のしもべになるべく誓いなさい。あなたが死にたがっても、私がそれを許さない。あなたは生きることができる」
「誓うって、どうやって……」
わずかな風が、舞った。
それが、黒髪のヒトガタがしゃがみ京を引き寄せた一連の行動によるものだということは、京にはうっすらとしか理解できなかった。
整った顔が近づき、お互いの唇が触れ合う。
「(ああ、あの夜と同じだ……)」
けれど、『かりぬい』ではまた私は死に向かっていくのではかったか。注がれる血液を嚥下しながら、考える。
確かにそれは血液そのものだったが、不思議と嘔吐する様子がない。痛みが薄れ、体が自由を取り戻していくのを、余すことなく感じ取れた。
さすがに長時間は、息が苦しい。それを察してか、ヒトガタは丁度いいタイミングで接吻をやめ、再び立ち上がった。
「ひざまずきなさい」
出会った時のように、冷たい瞳。冷たい声で、言う。
「え……」
「言う通りにしなければ、死ぬわ。私の前にひざまずきなさい、しもべとしてのしるしをここに示しなさい」
もう、どうにでもなってしまえ――京の体が、先ほどの重傷が嘘のように軽く自由に動く。口内でまじりあう唾液に頭がぼうっとするが、それどころではない。
凛と立つ黒いヒトガタへと、人あらざるものへと、京はひざまずき、頭を下げた。
「いい子ね」
「……」
不思議と、腹が立たない。昔の自分なら、悪態をついていたところだが――昔? 昔の自分なんて、どこにいる?
そんな中、さも当たり前かのように、ヒトガタの左手が顔を上げた京の目の前に差し出された。いつのまに外したのか、手袋はなく白い肌があらわになっている。
薬指に、鈍く光る銀の指輪がはめられていた。
「さあ、誓いをたてなさいな。生きるのであれば、指輪に口付けを。死にたいのであれば、勝手にしてかまわないわ」
「……」
触れた銀は、冷たかった。どうやら、今回の『かりぬい』には厳しい時間制限があるらしい。京の体は、いず倒れ崩れ落ちてもおかしくない。
口付けたことを確認したのち、ヒトガタは再び姿勢を落とした。いつかの夜そうしたように、京を抱きこむ形で支え、彼女の左手の薬指にすっと何かをはめこむ。
雪のように、すぐに消えてしまう冷たさ。それは、ヒトガタが同じ場所にはめているものと同じ、わずかに細工された銀の指輪だった。
「誓いはここに成れり、お前はこの時より私のしもべよ、桂。目をお閉じ」
「……」
「大丈夫よ。怖くない。痛くも……しないから、目を閉じて」

二度目か、三度目か。しっかりと抱きかかえたまま、抱きかかえられたまま、二人は唇を重ねた。
先ほどよりも、もっと深く、長いもの。興奮ではなく、生気が満ちることにより体中が熱を放っていることに、京は気付く。
血液が、全身を巡っている感覚がわかる。視覚や聴覚といった、五感全てが敏感さを増していく。自分が、自分でなくなっていく。
抱いた手はそのままに、京の背中が床の血だまりに触れる。いったん唇を離し、覆い被さるようにしてきたヒトガタの目は、表情は、優しかった。
「おかえり、桂」
「……ただいま。真」
――迎えに来るのなら、もう少し上手く手配なさいな。何年生きていても、頭の回らないこと。
「ごめんね」
あどけない表情は、今にも泣きそうだ。
何が、ごめんねなのだろう。蚊帳の外にある京にはわからない。
時間がかかったの、ごめんね。
こういう形でしか助け出せなくて、ごめんね。
あんなに一緒にいたのに、私はこんなにも弱くて、ごめんね。
「……おやすみなさいな、高階京。今度は、違和感のないように手配してあげる。けれど、あなたは近いうちに知るわ……人間の世界では、もう生きられないことを」


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴