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PLASTIC FISH

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04.誓約の儀式(1/2)



「……あ、嫌……痛い、……っ!」
かろうじて言葉になったのは、ここまでだった。
全身が痛い、そんな生易しい言葉では終わらない。傷つけられたわけでもあるまいに、全身が切り裂かれ潰されるような激痛の大波。
のたうち、這う床が見る見るうちに鮮血で染まっていく。言葉ではない、もはやうめきでしかないその声が、痛々しさを倍増させるのだが、立ったままの問い手は動かない。
「痛いでしょう。苦しいでしょう。それが人間の限界、そしてかりぬいがほころび解けたあかし」
「……思い、出した」

かりぬいという記憶さえも留める糸を失って、京の記憶の深層が一気に浮き上がった。あの夜、何をしたか、何があったか、どうなったか。
パズルのピースが、ぴたりとはまった。だが、それを冷静に考えられるほど今は生ぬるい状況ではない。
体に刻めといわんばかりに何度も発現浮上を望むあの夜の記憶たち。頭が痛い、割れそうだと思いながら京は大量の血液を嘔吐した。
「あらあら、もったいない」
白目をむかん勢いで、必死にその声の主を見上げる。
腰まで伸びた黒い髪、喪服のようなドレスに手袋、闇に溶けるブーツ。そして、人間をこばかにしたような表情と赤い瞳。
知っている。
覚えている。
自分を今あざわらっているあの唇が、数日前死に誘われていた自分をこの世へ呼び戻したのだ。
「何で、私を……生かした!? 貴方が……貴方がいきなり現れて暴れなければ、私は何事もなく日常へ帰れたのに……」
「帰れたでしょう?」
「え……?」
何の悪びれた様子もなく、ヒトガタは言い放った。それどころか、倒れたままの京を不思議そうな目で見ている。
何故、そんなことを聞くのか。
「傷が深かっただけに、私の血をもってしても数日を要したみたいだけれど。それでも少しの間、最低でも今日は日常へ帰れたでしょう?」
「それは……」
「試したのよ。あなたが生きたいという意味、どういった世界でも生きる覚悟があるのか、日常へ戻れなくなっても……納得するかどうか」
「何よ、それ」
京の悪態を見やって、ヒトガタはふっと微笑んだ。いたずらっ子の笑みとは正反対の、母性を感じさせるような優しい笑顔。
すぐに壊れてしまいそうな、すぐに消えてしまいそうな、泡沫より生まれた笑み。
「私は、あなたを迎えに来た」
手が、そっとさしのべられた。返事がイエスであってもノーであっても、今の京には手を伸ばす体力なんてありはしないのだが。
差し出してから気付いたのか、まるでお茶目をしでかしたかのように手が元の位置へと戻される。遊ばれているような気がして、京は内心腹が立った。
「迎え? どこから、どこへ?」
「難しいことを聞くのね……。では、もっと単純にお話ししましょうか。わかっているだろうけど、あなたは朝を待たぬまま、死ぬわよ。このままだと」
「……」
それもいいかな、と一瞬思う。残される両親が心配ではあるが、意識が薄れてきた今ではそこまでの気配りがまわらない。
「でも、そう決まったわけじゃない。私の力を持ってすれば、あなたの命をこの世につなぎとめることができる」
「夢、語りみたいな……ことを、言う、のね」
「あの夜、その命を助けてあげると言ったでしょう。けれど、あなたは後悔するかもしれない……だって、この状態から生きる選択をするということは」
――人間を、今まで過ごしてきた日常を、捨てるということだもの。
ヒトガタはそう言うつもりで言葉を繋いでいたのだが、目の前に倒れ今まさに命の炎を吹き消されんとする人間は、急いて答えを出した。
「死にたく、ない」
「でも……」
「死んだら、もう、貴方に会えない気がする。だって、そうでしょう……こと」
黒のヒトガタが、目を見開いて固まった。こんな表情を見るのははじめてだ、京は不思議と愉快な気持ちになる。
一泡ふかせてやった気分だ。もう自分が何を言っているのかもよくわからないけれど、これはこれで悪くない。
「今、何て」
「……?」
「今、何て言ったの……誰の名前を、あなたは呼んだの……」
誰の名前を、呼んだの。
バラバラになったパズルのピースが、何の規則性もなく頭に入ってくる。わずかに腕を動かすと、ぴちゃり、と血溜まりが音を立てた。
「……は……っ」
声が出ない。息が、ひどく苦しい。自分でもわかる、京は柔らかくも底のない深淵を覗いていた。
激しい眠気。いや、これは眠気ではない――死神がいざなう地底からの呼び声だ。応えたらもう、戻れない。
わかって、どうか、一秒でもはやく伝わって。
真。
あなたが問うて、真実が試す約束を導いて。薔薇の茂みを抜けて、傷ついても生きるとそう、言って。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴