PLASTIC FISH
03.きざし、ほころび(4/8)
「……」
慣れた様子でビルに入り、奥ばった場所にある扉の前に立ち、京は止まり首をかしげた。
カードキー認証で問題なく通過できるのだが、機械はこんなにさりげないものだっただろうか。
元々目立たないように壁に配置されていた認識機械が、こたび見ると配置どころか人の目に触れぬよう隠れているような――そんなものに変わっている。
「(まあ、通れるならいいか……)」
心なしか扉も以前のものとは違うような気がしたが、京は気にしないことにした。
「高階、こんな時に無断欠勤とは恐れ入るな」
「無断欠勤?」
第三エリアを抜け、自分のデスクへと向かう途中――すれ違いざまに同僚に声をかけられる。
返事をしてから、京は気付いた。ああ、そうだ、自分は数日眠り続けていたんだった。親は『こちら側』の連絡先を知らない。となれば、無断欠勤となるのも無理はない。
「なんだお前、開き直ってるな。まあいいけど……B室は立ち入り禁止だよ。ガラスはド派手に割れてるわ壁はへこんでるわで震災にあったみたいになってるから」
「私のデスク、B室なんですけれど」
「あー、そうか。荷物取りにいくくらいなら大丈夫だろ。けど、機械は全部ただのポンコツになってる、電気が通るまであと二日はかかるそうだ」
「……?」
「お前、ある意味運がいいぞ。こうなったのは、お前が休んだ日からだからな。今こそ多少マシになってるけど、あの日の騒ぎっぷりはもう勘弁だよホント」
お前が、休んだ日から。
京が最後に向かった日は、彼女にとっては休日だった。その翌日は出勤日となっていたから、その日か、京が訪れた前日に何かが起こったことになる。
一体何が起こったのだろう、と京は去っていく同僚の背中を見やりながら思ったが、答えは出なかった。
思い出せない。
おかしい、朝にははっきりしていたはずなのに。こんな簡単なことすら、思い出せないなんて、自分らしくない。
すっきりしないまま、京は仕方なく他の部屋へと向かった。デスクに貴重品はない、行く必要もないだろう。
「おはよう」
「おはようございます」
今日は不思議と知らない顔が多い。挨拶こそするが、それ以上のアクションを起こす必要はないのでそのまま通り過ぎる。
知らないというのは厳密には間違いで、京が人の顔を覚えようとしないだけなのだが。顔を見る気もなく、いたずらに視線をやった先には相手のネームプレート。
『富岡』……さて、誰だっただろう。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴