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PLASTIC FISH

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03.きざし、ほころび(3/8)



後半に入る。
ベッドに寝かされた娘は、元々静かに眠るタイプではあったが、この時は輪をかけて深い眠りに落ちていた。
青白い顔。指先まで冷え切って暖まる様子のない体。もし、一晩中あの場所で眠っていたとすればありえない状態ではないが、親としては生気のない娘の姿を見るにいたたまれなかった。
朝、昼、そして夜と時間は巡る。
とうに夜を迎えているというのに、娘は起きるどころか寝返り一つうたない。ただ、微弱な呼吸だけが感じ取れる。それだけだ。
揺さぶり、名を呼んでも反応一つしない。あまりにも重いその体が、最悪なイメージと重なって仕方がない。
――病院に連れて行ったほうがいいのだろうか。
だが、母はその考えを父にも、誰にも明かさなかった。心配性なのは家族も周辺の友人も知っている。だが、何故か――何故だろう?
病院、その単語を口にしてはならないような気がしたのだ。
そのまま、異常という名の日常が数日過ぎた。まだ起きていないのか、と問えば母はええ、と返す。まだ起きてこないの、と言えば父はそうか、と返事をする。
それだけだった。
娘の部屋に足を立ち入れても、何故か、『触れてはいけない』ような気分になる。
そんなさなか、ふと冷蔵庫を見ると、ずっと同じ位置におさまっていたペットボトルが消えていた――母は急いで、娘の部屋へと向かった。以上である。

「……」
言葉を失うというのは、こういった時のことを言うのだろう。京は何も言えなかった。だが、母が嘘を言っているとも思えない。
今こそ部屋着に着替えているが、着替える前の服は買った覚えもない、見た覚えもない知らないものだった。家の匂いではなく、新品の匂いがする。
「ねぇ、やっぱりお医者さんに……」
「駄目」
京のものとは思えぬ、冷たい声。
先ほどまでさえずりを忘れた鳥のように黙りきっていたのに、『医者』という単語を聞いてからの切り替えしは見事なものだった。
娘の変容に驚いた母は、思わずびくりと肩を震わせてしまう。
「でも……」
「駄目、医者は駄目、病院は行けない。私は、もう大丈夫だから……仕事に、行かないと」
「京!」
立ち上がった京に尋常ではない危うさを感じる母。それはまさに、直感というほかなかった。
押さえつけようと動くが、それはあっさりと振り払われてしまう。――京は、うちの娘は、こんなことをする人間だっただろうか?
こんな凍りつくような目を親に向ける子どもだっただろうか。
その間にも、京は無駄のない動きで荷物をまとめはじめる。予備のまあたらしい白衣に袖を通し、胸ポケット付近にネームプレートがないことに気付き、一瞬眉をひそめた。
幸いなことに、カードキーは鞄の中に入ったままだった。ネームプレートなど、いくらでも作り直せばいい。
ばさり、と白衣がはためいて。
無慈悲に、母を残したまま京は自室の扉を閉めた。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴