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PLASTIC FISH

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02.かりぬい(7/7)



「人間。助かりたい?」
青白い唇をわずかに動かして、ヒトガタが問うた。
高いとも低いともいえぬ、複雑な音色を奏でる声だった。意識うつろな京の耳にも、言葉の音一つ一つがはっきりと聞き取れる。
「助かる……助かり、たい……生きたいということ?」
そうか、自分はもうすぐ死ぬのか。それもそうだ、忘れていたけれど、自分は大怪我をしているんだった。いつ意識を失って失血死してもおかしくない。
むしろ、痛みのショックで昏倒する可能性はなかったのだろうか。考えている合間にも、どんどん痛みの波はこちらへ近づいてくる。
波は大きい。
痛覚という広く暗い海の中で、自分は溺れるのか。家に帰らないといけないのに、母も――寡黙な父も、自分の帰りを待っているだろうに。
「助かりたい?」
今度は優しい声で、再度、問うた。
もう、京に迷っている暇はない。残る時間が、波という形でこちらに押し寄せてきているのだ。
「助けて……死にたくない、こんなところじゃ死ねない。私にはまだ、生きる理由(わけ)がある」
「……後悔しても知らないわよ。桂」
先ほどよりも、もっと優しい。困ったような笑みを浮かべるヒトガタが、人間よりも人間らしい、というのが京の素直な感想だった。
「……こ、と」
手を伸ばす。動かない腕が、血の十分に通わぬ指先が、目の前のヒトガタを求めて空を切る。
それに気付いてか、ヒトガタはそっと京の指に自分の指を絡めて受け止めた。体を支える腕はそのままに、二人を巡る時間が止まる。
「……会いたかった。ずっと、あなたを探していた」
――私も。
そう、京は言い返そうとした。懐かしさのあまり、子どものように思い切り泣きたかった。けれど、それは一つとして叶わない。
ついには視覚を維持することすら叶わず、目を閉じる。闇が一層その濃さを増し、ゆるやかな終わりを告げるべく追ってくる。
「……」
唇に何かが触れる。触れた何かは冷たいのだが、直後に流れ込んでくる鉄の味は、不思議と熱いほどに温かかった。
生きるか死ぬかのこの時に、生まれてはじめて京は接吻をかわしたのだが――本人には、それを認識するだけの余裕も残されていない。
砂時計の中で、記憶の欠片が揺れた。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴