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PLASTIC FISH

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02.かりぬい(6/7)



――しゃん。
鈴の音は、打ち付ける雨のような慟哭にかき消された。


「……げほっ、あぐ……」
夢の終わりは、現実だった。京の意識は冷めるように覚醒し、地獄へと引き戻される。
吐き気に従い出したそれには、まだ色濃く血が混ざっている。思えば、さきほどより痛みが増してきているような――頭が、鋭く痛む。全身が悲鳴をあげている。
立ち上がらねば。
そうだ、家に帰ろう。もう仕事は終わったのだ、こんな場所にいる必要なんてない。終電が過ぎているのなら歩いて帰ればいい。
もうろうとした意識の中で、白衣が真っ赤――いや、真っ黒に染まっていることに気付く。ああ、これが自分の血か。どこから出たんだろう、こんなに。
「脱がないと、怪しまれる……かしらね……」
よろよろと立ち上がり、白衣に手をかけた。これが、京のできる限界だった。ひざから下の感覚がなくなり、いつかの朝のように糸繰り人形が糸を切られたように、受け身もとれず無防備に硬い床へ――
「え……」
――落ちなかった。柔らかい。冷たいけれどこれは、人の感触だ。誰かが、倒れる寸前の京を受け止めた。
寄りかかる形になった京は、わずかな戦慄を覚えながらも、その冷たい熱が心地よく――抱きとめた主を、見た。

「……桂」

主が、つぶやく。
綺麗だ、とまず思った。まるでよくできた人形みたいだ。イヴとどちらが綺麗だろう――白い肌が、月光を受けてそのきめこまやかさを増している。
長く伸びた黒い髪は別段手入れをしているようにも見えなかったが、不潔さは感じられない。見事に腰のあたりへと流れ、翠をたたえていた。
漆黒のドレス、手袋、靴。
「(ああ……これなら、私の血がついても目立たない……)」
それに、なにより。
瞳が吸い込まれそうなほどに魅惑的だ、と感じた。わずかに赤みを感じる瞳のその奥に、自分が映っている。もったいないことを。
そんなに見事な両目を持っているのなら、もっと相応なものを見ればいいのに。死にゆく人間を見るなんて、その純粋な輝きを血で汚してしまわないだろうか。
先ほど、名前を呼ばれた気もしたが、それは自分の知っている名ではなかった。
ゆらり、ゆらりと意識が遠ざかる。その先に、黒髪のヒトガタが無表情にこちらを見下ろしている。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴