PLASTIC FISH
02.かりぬい(2/7)
満月の光が、これ以上ないほどに部屋へと漏れていた。汚れた街でも、ここまで光が強いものだろうかと疑問に思わせるほどの見事な透明光。
内部で扱っているのは極秘の情報にも関わらず、広くとられた窓。まるで展望台のようだ、と時折誰かが思い出したようにもらしていた。
人がいる。
いや、違う。
人の形をした何かが、そこに立っている。
黒く長い髪は、ゆるやかなウェーブを描きながら腰ほどにまで伸び、高級感のある黒いドレス、そしてひじ上まである長いこれもまた黒の手袋、足元は京の位置からは見えない。
腕を組み、ドレスのしわから察するに、足も組んでいる。左足が前に出ているように見えた。
伏せていてもわかる、その瞳の赤さ。赤が見つめる先は、腕の鈴飾り。ちりん、と可愛く鳴くこともあれば、しゃん、と祭具のような音をも立てる。
「……」
京は無言でそのヒトガタを見つめていた。何も言えない、言えるはずもない。
冷静な状況であったなら、一人だったはずの侵入者が何故増えているのか考えることもできたであろうに――鈴の音にもいちはやく気付いたであろうに。
ヒトガタは、夜の闇よりも暗く、夜の空気よりも冷たく男を見ている。ひどく憤怒をたたえ、目だけで傷つけんばかりの殺気をはなちながら。
一瞬にも近い永遠。
思い出したように、ヒトガタが倒れたままの京を見やる。殺気や怒りは感じられないが、優しいこともない『無』の視線だった。
「ごきげんよう、桂」
うたうような声だった。
現代にはなかなかない変わった喋り口だが、違和感がない。ふっと微笑むそのさまは、どこかなつかしさを感じさせる。
「……け、い?」
「助けてあげるわ、その命。それまで生きていなさい。……さあ、無礼者。報いを受けてもらうわよ」
――しゃん。
鈴が鳴る。それは、そのヒトガタが動いたことを意味した。背中を冷たい窓ガラスから離し、一歩、また一歩と近づく足音は底のあるブーツ特有のものである。
だが、三歩ほど歩いたくらいだろうか。それを境に、足音がふっとロウソクの炎を消すようにかき消えた。しかし、同時に気配が濃さを増す。
長く続いた日常の、終わる時だった。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴