PLASTIC FISH
02.かりぬい(1/7)
「目が覚めても、私を覚えていて。いつか会える。忘れないで、どんな形で出会うことになっても、私を――」
「(ああ、そんな事言ってたっけ……)」
願っても、叶わない。京の口が、自嘲の笑みを浮かべようとわずかに歪んだ。
男がゆっくりと、いや、ふらふらとこちらへ距離を詰めてくる。落ち着きのない言動ながらも、自分が勝ったと認識したらしく、先ほどよりは余裕がうかがえる。
詰めが甘いな、と男の行動を見て京は思う。何故ここまで冷静でいられるのか、自分で自分がわからなくなっていたが、それでも京はかまわなかった。
夜が明ける前に、死ぬのだ。
誰が、それはもちろん京本人だ。男が自分にこれから何をしようがしまいが、これほど内臓や骨にダメージを受けており、多量の出血をしている状況では助からない。
朝日が気持ちよく自分を照らしてくれる頃には、深い眠りに落ちている。
ならば、勝手にしてくれ。ああ、これなら母に言っておけばよかった。葬式は大げさなものじゃなくていいです、どうせ両親以外は義務で来る人ばかりなのだから。
「ん……」
もう、男を見る必要もあるまい。京はそっと、両のまぶたを下ろした。
――しゃん。
一つ、異質な音が響いた。こんなところに小学生はいない、京は目を開けようとしない。
――しゃん。
二つ目の音が耳に届く。近い、けれど、先ほどの男は鈴なんて持っていなかったはず。京は目を開けない。
――しゃん。
三つ。死にゆく京に触れるものは誰もいない。鈴の音にまじって、耳障りな男の、息に近い声がする。気持ちが悪いな、と京はうっすらまぶたを上げた。
――しゃん。
四つ。おかしい、ここでやっと死にゆく人間は気付いた。体は動かないが、目を開くことならできる。鈴の音と男の声にまじって、自分を呼ぶ声が聞こえた、そんな気がした。
「え……?」
姿勢を変えようとした矢先に激痛が走ったため、京は目線だけを動かした。その先で起こっていた光景に驚き、目を見開く。
「ほ、ほら……お前が抵抗するから、来ちゃったじゃないか……来ちゃったじゃないか! い、いやだ! 殺さないでくれっ!!」
男が腰を抜かして、窓の方を見ている。京のそれとは比べ物にならないほど男の目は見開かれていて、目玉が飛び出さんばかりだった。
それ以外にも変化が表れている。歯がガタガタと震えてぶつかるたびに音を立てているし、そんな気はないといわんばかりに両手を振る。
ずるずると後ずさりを続けていたが、硬い棚に背中をぶつけ、胸中に溜まっていた息を思い切り吐く結果になったのか、むせはじめた。
男は一体、窓の方向に何を見ているのか。
体の痛みも、慣れたのか――はたまた、死に近づいて機能が衰えたのか。首を動かすくらいならできそうだと、京は実行に移した。
そして、
「……と」
出した言葉は、ほとんど声にならなかった。何が言いたかったのか、京にもわからない。
そこには、いたのだ。
異質なものが、腕飾りの鈴をもて遊んで、そこにいたのだ。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴