PLASTIC FISH
B-side15.悠久の中で(3/4)
「遅いわ、真」
「……少し、遊びが過ぎたの」
「ふうん」
鞘に収めた無月を片手に握り、珍しいとばかりにじろじろと京は真を見る。髪をかきあげるために動かした腕の先で、鈴が鳴り響いた。
「血は?」
「拭いた。……貴方が、嫌そうな顔してたから」
何でどう拭いたのか、それは置いておくことにする。
京は血祭りに夢中になっているようで、それでいてきちんと真のことを見ていたらしい。言葉を、聞いていたらしい。
「嫌というか……あなたが、どんどんあなたでなくなっていく気がして、怖かったの」
「どういう事?」
「わからない。でも、無月を手にしてからあなたはどんどん変わっていく。以前は、無残な屍を見て愉悦に笑う子じゃなかった。殺しを過剰に愉しむ子じゃなかった」
「……」
意外そうな顔で、京は黙り込んだ。血を拭いたといっても、刀についた血や脂、それに肌に付着したものが限界だ。
コートやマフラーはその濃さを増しているし、嫌なほどにただよう血なまぐさい匂いはとれない。鈴の輝きが失われないことが、不思議なくらいだ。
「怖いの、変わっていくあなたが……」
「真、辛いの?」
言葉をさえぎり、訊く京。正直で隠し事をしない性格は、本当に桂となんら変わらない。
長い時間を経て、京と桂の違いを知っている真でもごくまれについつい間違えそうになってしまう。
思い出の中の同じ顔、同じ声、同じ姿、同じ輪郭。汚れに汚れ、乞食に間違われそうなほどボロボロになったそのコートを捨てろと真は言っているのだが、相手はそれに応じない。
他の服は、いくらでも新しく替えてきたというのに。
「……」
「私が怖いの? 一緒にいることが嫌になった?」
真の見えないところで、刃が特有の音を鳴らせた。無月の鞘を抜いたのだ――そう察した時、真の体が凍りつく。
悪い予感が当たらないことを、真は祈った。一心に。これでもかと、信じていないはずの神に。
「……みや、こ」
顔を上げて見ると、やはり抜いている。
京の表情から何も感じ取れないのが、何より怖い。
「では、その悲しみから解き放ってみせましょうか。ぷつんと糸が切れるみたいに、不安を消してあげましょうか」
「……」
「真。私が思っているのは――」
風が、宙が、亀裂を走らせた。
素早く振られた刃は、他の誰でもない真へ向けられ――更なる血を求めて、刃は哭く。
主である京の思うがままに。ずっと二人で生きているのだ、嫌になることもある。悲しくなることもある。衝突することもある。
笑っていられたとしても、そんなこと夜が数度過ぎれば色あせてしまう。鮮やかなままで残るのは、苦しい思い出だけだ。
以前とは違う。
いつかの真と同様に、京の知っている人物もまた一人として生きていない。生きているはずがない、これだけ長い時間が経ったのだから。
育ててくれた両親。
共に学んだ同級生。
アダムとイヴに関わっていた研究者達。
先輩と呼び慕った蛍原誠。
樹も、また。
もう、この世に残すものなど――惜しいものなど、何もない。京がそう言い切ったのは、いつだっただろう。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴