PLASTIC FISH
B-side15.悠久の中で(4/4)
「……」
首が飛ぶものだと思った。京は色んな傷つけ方を知っているが、首をひとはねすることを何より好んだ。
身長二メートルはあろう大男の首を、壁を蹴り跳躍した勢いで見事に切り落とした時にはその剣鬼の才に震えたものだ。
目の前を風が走る。
その風だけで、顔が何等分にもされてしまうのではないかというくらい気に満ちた風だった。
「真、目を開けて」
「え……」
おそるおそるまぶたを上げる。自分のことを情けない、などと思っている余裕すら今の真にはない。
眼前で、自身の黒い髪が数本、風にあおられて、地に落ちた。
呆然としている真のそばで、京は何事もなかったかのように刃を鞘におさめてみせる。
「真」
「……何の、つもり」
「おいで、って言って」
「え?」
「言ってくれないと、私は抱きつけないもの。主人でしょう、もっとしゃんとしてよね」
「あ……えっと……」
「おいで、って言うの」
「お、おいで……京」
「ありがとう」
その言葉を待っていた、と無月を地に置き――京は、真の胸にそっと飛び込んだ。
痛いほどに強く回されたその手が、かすかに震えはじめる。顔を伏せ、主人の胸へ顔をうずめた。
「京……?」
「何も、言わないで」
「……」
流れがつかめないが、言われてしまっては仕方ない。京にならって、それでも優しく手を回してみると、触れたとたんに京が大きく震えた。
怯えている、小さな獣のようだった。
しばらくして嗚咽が聞こえてくる。小さかったそれは、だんだんと大きくなっていき、真の服が透明な涙に染まる。
「……京」
「怖いの。私が、私でなくなっていくような気がする。無月のせいじゃない……何が原因かはわからない、でも」
「(わかっていたんだわ、この子)」
自覚していた。
やっと、理解が追いつく。京は京で、主人の見えない場所で葛藤し苦しんでいたのだ。自身がどこにあるか、見失って、真っ暗な中で一人。
「ごめんなさい……貴方と違って、私はまだ涙を枯らせない……こんなの、なくなってしまえばいいのに……」
「……いいのよ」
そっと、頭をなでてやる。京の泣く声が、ひときわ大きなものになった。ずっと耐えていたのだから、泣いたっていい。
それが当たり前の反応だ。そう、真は信じていた。
「貴方の足を引っ張りたくないの。独りになったら、もう生きていけない。でも、涙が止まらない……迷惑をかけてしまう」
「いいの。それでいいのよ、京。泣けるのなら、泣いたほうがいい。私はもう、きっと二度と涙が出ないだろうけれど」
「……」
「できればでいい。私の分まで泣いて、京。この両目のかわりに涙を流して。私はあなたを捨てたりしない。だからいいの。悲しくなったら、悲しんで」
「……どうして、そんな優しい事を言うの」
「……」
真は何と応えるべきかわかっていた。だが、それは喉までのぼりつめては止まり――なかなか、出てこない。
年齢を重ねて、丸く素直になったと思ったが気のせいだったらしい。自分はやっぱり、いつまでたってもあまのじゃくだ。
京の頭をなでてやりながら、少しの沈黙、静寂を経て――真は、口を開いた。
「言ったじゃない。悲しんで、これでもかと悲しんで、死にたいくらい傷ついても……それを癒す時間は、いくらでもある」
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴