PLASTIC FISH
B-side15.悠久の中で(1/4)
――鳴いている。
大量の鴉が、深夜の空を駆け抜けては狂ったようにぎゃあぎゃあと鳴いている。
大地では、猫が人の赤ん坊にも似た泣き声をあげながら徘徊している。みな、夜の訪れを歓迎している。
まだ、狂った宴は終わらない。この世が真っ赤に染まるまで。この体をも染め上げ、全ての終わりを告げるまで。
「京ッ!!」
パートナーへと注意をうながしながら、目の前の人外へとナイフを投擲する真。
狙いはずれることなく命中し、両の目玉と首筋に深く突き刺さる。痛みにあえぎナイフを抜こうとするその暇を狙って、素早く蹴りを繰り出した。
「わかってる!」
少し離れた位置にて刀を構えていた京も、少数の雑魚に攻撃を許すほど凡愚ではない。
一直線に刃を振り上げたかと思えば、フェイントをかけ骨ごと相手の胴を派手に切断してみせる。焦げたような嫌な匂いが漂い、落ちた二つの体からはわずかな煙が立っている。
足元が、どろどろとどす黒いものに染まっていく。
だが、そんな易い闇には呑まれない。次の目標を定めて、駆け出した。その場に似合わぬ澄んだ鈴の音が響き、溶けるようにして消える。
肉片が散りに散り、辺りは地獄と化している。悪趣味とはほど遠いと思っていた二人だが、これだけやらかしたのだ。普通だとは思われまい。
真が先ほどナイフを投擲し、視覚を失った相手に向かって京がまっすぐに走り抜き――体勢を下げ、両足をいとも簡単に断ち切ってみせた。
二人の唇の端が、外道といわんばかりに吊り上がる。
二人は、愉しんでいた。
この瞬間を。
この狩りを。
この、夜を。
大量の鴉が、先ほど京が断ったそれに近寄り、死肉をついばみはじめる。普通の鴉であるはずがない。そんな鴉は、何も知らずに眠っている。
鴉が人外を覆い尽くした。耳障りを通り越すほどの鳴き声。人外はまだ生きていたらしく、声にならない悲鳴をあげるが、そんなものは知ったことではない。
「やれやれ。次から次に」
一息、とばかりに刀の柄を片手に握ったまま、もう一方の手でうっとうしくかぶさっていた髪をかきあげた。
月明かりに照らされて、返り血を全身に浴びたその姿があらわになる。
「京。もう少し、考えなさいな。服が汚れると後々面倒なのだから」
そう言う真の姿は、説得力を感じさせるものだった。接近戦をほとんどしていないという理由もあるが、返り血に汚れていない。
「あら、いいじゃない。服なんてまた新しく買えばいい」
しれっと言い放つ。
「まったく、誰に似たんだか……」
ため息。
手にしたナイフを逆手に持ち替え、背後へと突き立てる。肉が裂かれる感覚が、真の手に伝わってきた。
京の言う通り、本当に数だけは揃えられた連中だ。素早く振り返り、切るのも面倒だとばかりに殴打を加えた。
眼球が飛び出ても意識すら失わないとは、同族とはいえ哀れだ。
鈴の音が、血を求めて鳴り響く。
「やっておしまい」
「了解」
進む互いがすれ違い、そして過ぎた。
真の背後で、ばちゃんと液体のはねる音がした。ずっと同じ場所でやりあっているためか、辺りは血の池になっている。
相当の油断をしない限り滑ることもないので気にとめることはないが、朝までの時間は忘れずに脳裏に置いておく必要がある。
「あと三時間二十四分といったところね」
「では、一時間前後にあの場所で」
「ええ。やりすぎないようにね、京」
「……そんなにゆっくりやっていては、生きているうちに約束の地へ辿り着けないわよ。真」
挨拶を交わし、二人は別方向へと走り出す。
狂気の宴よ、終わることなかれ。どうかこの血で、月を紅く染めたまえ。
神社を出て、再び歩き出す二人。
夜も深いというに、空では鴉が鳴いていた。夜の主を、眷属を歓迎するかのように。宴の始まりを告げるかのように。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴