PLASTIC FISH
B-side14.残月、無月(3/3)
いつまで歩くのか、と問うた。
もう少しよ、と返答があった。
もう何日歩いているのかわかっているのか、と嫌味を言った。
わかっているわ、とあっさり返された。
手入れされていない山を強引に越えようとするのはやめてくれ、と意見した。
慣れれば楽よ、と応えた真に疲労の色は見えず、衣服にも乱れが見えなかった。
そして、辿り着いたそこは一言でいってしまえば、田舎だった。それはもう、相当の。これ以上にない。
「……はあ」
やっと人の手の及んだ道路に辿り着き、京はさすがにとため息をついた。まったく、よく思い返してみれば故郷にいたのは一晩だけだった。
ばさばさとコートを揺らし、絡みついた枝や葉を落とす。
数え切れない切り傷はとうの昔に完治しているので問題ないが、まったく真は常識というものを知らない。
ドレスに目立った汚れが見られないのは、言葉通り『慣れ』なのか。どこかでこっそりと着替えたんじゃないのか。
それでも止まるわけにはいかない。京が駆け出しても、付近の民家は寝静まったままだった。
「着いたわよ」
「……神社?」
それ以外に形容のしようがない。規模自体は小さいが、鳥居は立派なものだ。きれいに掃除が行き渡っており、付近の人間や関係者の信仰深さを感じさせる。
少ない段数の階段をのぼると、真がごそごそと石の囲いの中を探っていた。
「借りるわよ、八千代」
言うと、何かを引っ張り出す。長く、黒く――それは、日本刀だった。外に奉られていても、汚れている様子はない。
「ちょっと、勝手に取り出してばちなんて当たらないでしょうね」
「ばち?」
「あ、えーと。罰、そう、罰。天罰」
「当たらないわよ。ちゃんと所有者に許可もとったもの。はい」
「うわっ」
相応の重量があるであろうそれを、真は予告もなく京のいる方向に向かって投げてみせた。
刀に通じる人間が見れば、卒倒しそうな行動である。驚きながらも受け止めたそれは、やはりずっしりと重たい。
京がそう感じるくらいだ。人間であれば女、子どもは持っているだけでかなりの負担になるだろう。
腕飾りの鈴が、やたらと激しく音をたてている。受け止めた衝撃でかと思ったが、不思議とそれは刀に呼応しているような――。
「むげつ」
「え?」
「無月。残月という斬魔の刀と対をなす、潜んでいる鬼を見つけ出し退ける退魔の刀」
よくも詰まらずにぺらぺらといえるものだ、と京はのん気に感心していた。
「……そんなすごいものが、おもてにほっぽかれてるの?」
「まさか。無月は持ち手を選ぶのよ、資格のない存在はそもそも触れられないわ。鬼という言葉、元々は『隠』という字に由来していることはご存知かしら?」
「……本当に、日本暮らしが長いのね……」
「ええ。その刀、あなたが使うといい。由来通り、隠れている人あらざるものを切っておしまい」
恐る恐る、鞘を抜く。
手入れの行き通った、見事な刃であった。あまりの美しさに、不気味さが映りこみ京は手放せないままにぞっとする。
「真、何故これを……」
「昔出会ったどこかの誰かさんが、残月を振るっていたのを思い出してね。あなたにもその資質があるのではとふんだのよ。正解だったわね」
「……残月と、無月」
「残月は残念ながら折れちゃったけれど。……そうそう、貴方に預けたその鈴飾りはもともと、無月にくくられていたものよ」
「え?」
言われて、鈴飾りと刀を交互に見つめる。先ほど鈴の音がやけに感情深く鳴っていたのは、そのせいか。
余計な飾りなど必要ないほど美しい倭刀だが――確かに、この鈴飾りとは合うかもしれない。京は、思わず息を張る。
「魔が近づかんとする時、鈴の音が風もなき中響く。八千代が言ってたわ、ああ、ここの巫女ね」
――つまり、人あらざるものを周囲に察知すると、鈴の音が響き異変を知らせる、というわけだ。
眉唾な話ではある。しかし、刀から今まさに伝わってくる重圧がその話が決して嘘ではないことを訴えているように思えた。
多少ではあるが息が苦しい。大きな蛇に、体中の自由を奪われていくようだ。
「行くわよ」
「え、ええ……どこへ?」
「さあ。その鈴の音の鳴るままに――生きましょうか、どこまででも。二人で」
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴