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PLASTIC FISH

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B-side14.残月、無月(2/3)



広がる街並み。
毎日その街に身を置いていた京にはわかる。どこがどう変わって、どこがどう変わっていないか。
これで、昼の太陽の下に出歩いたなら数年前の自分と同じだ。
吸血鬼にこそなったものの、まだ京には可能な行為。デイウォーカーを気取ることもできるが、肝心の本人にその気はなかった。

まだ月は沈まない。
二人が一番に目指したのは、高台の公園――京が決別を選んだ場所。そして、街が見渡せる展望台。
誰もいない夜の中、景色を一望としゃれこむのも悪くない。風に呼応し、黒いコートがひらひらとなびいた。
数年前壊したフェンスも、今は元通りになっていた。真新しさも感じられない。あの後すぐに、新しく取り付けられたのだろう。
「いい夜ね」
長く黒い髪をおさえながら、真は左手を手すりに置いた。時は深夜、人の気配の失せた家のシルエットが、なつかしい。
――しゃん。
返事のかわりとばかりに、鳴る鈴の音。手すりやベンチのそばまで近寄ることなく、京は少し離れた位置に立っていた。
コートのポケットに両手を突っ込み、相も変わらずそのコートは前をとめていないので風によく揺れる。
「悪くない」
一言、呟いた。

富岡樹という人間は、今もこの街に暮らしているのだろうか。生きているのだろうか。
その身を水城に捧げたのか、京との別れからまた新たな出会いを得たのか、それはわかるはずもない。
もうすぐ五年になる。三十路を過ぎた樹は、親も知人もいないままで――結婚しろと、急かされることもないのだろう。
彼女は自由だ。
「……樹」
ただ深空を見て考えていただけだったが、思わず名が口に出た。
数日一緒にいただけの人間。第一印象は最悪だった、こんなに厚顔で勝手で愚かな人間もいないだろうと思った。
厄介な人間に目をつけられたものだと、ああ、もうさんざんだと。そう思った日々すらなつかしい。
「会いたい?」
真が問うた。
ここで、やっと二人の視線が重なる。
「別に。ただ、言ってみただけ」
「元気にやっているといいわね。何なら、死ぬ間際には会いに行きましょうか? 喜ぶわよ、彼女」
「私のこと、覚えてないのに?」
「ふふ。暗示というものはね、記憶を『消す』わけじゃないのよ。『忘れ』させて、心の奥底にしまってもらうだけ」
真の言葉の真意が、京にはわかりかねていた。いつも思うが、回りくどい。好きな存在には意地悪をしたくなる、そんなかわいらしいもので済めばいいのだが。
微笑みが柔らかく刺さる。
「つまりはどういうことよ」
単刀直入に聞いてみることにした。秘密、とひとさし指をたてて笑うつもりならこちらにも手がある。
「あなたのこと、彼女は覚えてる。……忘れたくないという強い想いがあれば、ふとしたきっかけで思い出せるわ」
「ふーん」
いかにも興味がなさそうに、返事をする。本音を言えば、半分は本当に興味がなかった。
何故昔のことを真がここまで蒸し返すのかわからない。嫉妬させる気か、それとも試しているのか。
「別れをいくつも経験なさいな、京。出会う数なんて飾りでしかない。この世に置いていかれるという辛さを、何度も味わうといい」
「……貴方のように?」
「そう。私のように」
会話は、そこで途切れた。

「……おいで、京」
突然、手すりを離れ歩き出した真が京を呼んだ。足を止めないまま言うので、京は慌てて追う形になる。真はこれでいて歩くのが速い時は本当に速い。
足音もなく、いや、消音をうながす闇の上を歩いているような、そんな危うさ。
「どこへ?」
「ナイフ一本というのも味気ないでしょう。これから数年、数十年でもいい……一つ、鬼退治としゃれこもうと思って」
「鬼退治?」
同族喰いにでもなろうとしているのだろうか。真の考えていることは、相変わらず意味がわからない。唐突すぎる。
頭が良い人間には変わり者が多いといわれるように、長く生きすぎた存在もまた、常識にとらわれないものが多いのだろうか。
京は疑問を解消できないままに、どうにでもなれと真の後を追った。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴