PLASTIC FISH
B-side13.記憶の扉(5/5)
――しゃん。
自身の腕にある鈴飾りが鳴り、京の意識は現実へと戻った。
「聞いてもいいかしら、真」
「……なぁに」
「貴方が求めているのは、探しているのは、高階桂という存在? それとも、同じ姿かたちをしたまがいものといってもいい、私?」
「……さい」
「え?」
「――――うるさいッ!!」
「っ!?」
突然荒く叫んだ真の反応に、びくりと体を震わせる京。それを見てもなお、真には詫びる様子がない。瞳が動揺と焦れに揺れている。
「うるさい……うるさい、うるさい……私が桂に固執していることが憎い? 代わり扱いされてる自分は嫌?」
「別に、そんなつもりで言ったわけじゃ……」
「死んだ人間じゃなくて、私を見てとでも言いたいの!? 笑わせるわね、あんたはただのしもべなのに! そうよ、あんたはしもべ、それ以上でもそれ以下でもない!!」
様子がおかしい。立ち上がり、声を張り上げたまま腕を振るなどのアクションまじりに訴える真は、京を見ていない。
「真ッ!!」
「黙れッ!! 聞き分けのない奴は嫌い、こんなに……こんなに似ているのなら、救い出さなければよかった! 見捨てればよかった! あんたなんて、ぞっとするほど桂に似てるあんたなんて見つけなければこんなことにはならなかったのに!! どうせあんただって私より先に逝くんだ……人間の世界に戻りたいなんて言い出したりして、他の生き物に心うつろわせて、私を……私を捨てて……」
これ以上は、言葉にならなかった。真は泣いている。だが、枯れてしまった涙はもう悲しみや感情の揺らぎなどでは一滴も出はしない。
両手で顔を多い、背中を震わせるその姿は、京の知らない姿だった。あんなに凛として気高くあった真が、今ではどうか――幼子のように言いたいことを言い散らして周りを巻き込んで、果てには自分勝手に涙なしに泣き続けている。
ためらった。
だが、ここで真を放っておくと、彼女はどこか遠くへいってしまいそうだった。自分を置いて、また逃げ出して、同じことを繰り返す。
こんなぶざまな主人にしたがうしもべが、どこにいるというのか。
すっと京は意を決したように立ち上がり、真のいる暗がりへ近寄った。ここで拒絶として振り払われた日には、それなりの傷を覚悟しなければいけない。
だが、今気にするべきは体に受ける傷ではない。
「真」
名を呼ぶと、相手のびくりと肩が震えた。怯えている。現実から目をそらそうと、かたく視覚を遮断している。
「真、私はここにいる。うそつきだと、貴方がそう言ってもいい。どんなにひどい扱いを受けたっていい。私はどこにもいかない」
「……ほんとに?」
気高き夜の主の言葉とは思えない、いや、そんな印象がそもそもの間違いだったのだ。ここにいる真は、純粋なままで、子どもとなんら変わらない。
大人の喋り方、態度、雰囲気をつくりだしても、それは強がっているだけだ。本当はこんなにも、脆く弱い。
「貴方が、私のことを桂と呼ぼうが京と呼ぼうがかまわない。昔の面影を私に重ねていた、それだけの想いだけでもいい」
――想いに、見返りなんて求めはしない。
「なんで……そこまで、言えるの。こんなにひどい扱いをされて、勝手に振り回されて、なんで、ついてきてくれるの。私を捨てないの」
試している。
小さな子どもが、大人は汚いと、大人は冷たいと疑いの目で今こうして試している。
ならば、受け入れるより他に道はない。誤解を解いて、受け入れる。それだけだ。
「貴方がどう思おうと、私は貴方の事が好き。だから、一緒にいたい」
「……みやこ」
「そう。一つわがままを言うなら、そっちの名前で呼んでくれた方がちょっと嬉しい……かしらね、ちょっと、だけね」
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴