PLASTIC FISH
B-side13.記憶の扉(4/5)
そして、最期の時が来た。
純血である真と違い、桂は人間の体でありながら吸血鬼の血をもつ半端者である。寿命の違いは明らかだった。
その時が来る前から、予兆はしっかりとした輪郭を形成して訪れていた。真は老いとは無関係といってもいい時間を過ごすのに対し、同じ時間で、たったそれだけの時間で、桂はみるみるうちに老化してゆく。丸くなり、弱弱しくなっていくその背中に――いつかの面影はなく、真は一人泣いた。
「あ……」
話が途切れたその時、京の脳裏に、思い当たる記憶の破片が浮かび上がってくる。
見慣れているのに知らない景色の広がっていたあの場所で、そこで生きるか死ぬかの境をさまよっていた矢先に奏でられた景色。
『――っていつも言ってるでしょう、私の話は聞きなさい』
誰か――いや、桂が私の声で喋っている、京の心に焼き付いて離れないその光景が、フィルムのように再生されている。
『やーだ。だって、桂の話小難しいんだもん。私は誰のものにもならないの、おわかりぃ?』
誰か、違う。真が喋っている。
古めかしくほこりをかぶった記憶の内で、一つに結んだ黒髪が踊る。
もう一つの景色。鈴の音響く、最期の時。
『何よ、これ』
『姉さんがずっと、持ってたもの。もっとも私も、遺品整理をするまで知らなかったのだけれど』
おぼろげだった、真が今はくっきりと映っている。私より、若い。いや、若く見えるだけなのだろうか――わからない。
対して、桂は面影もわずかにというほどに老け込んでいた。オリーブグレイの髪には白髪も多く混ざり、艶をも失っている。
『ふーん。ただの鈴じゃないの。まあ、あげるって言うんだからもらってあげなくもないけど』
『今は、ただのおもちゃだけれどね。それも昔はちゃんと、人でないものを誘う力を持ってたのよ』
『何百年昔よ』
『知らないわ。まあ、そういうものだから……気が向いたら、入れ込んでみては如何(どう)。お仲間が見つかったらいいわね』
真の顔が、曇る。受け取った『おもちゃ』をもてあそぶ手を止めて、まっすぐに桂を見た。
『私が今更、あんたとか沙耶以外と出会ったって、それに何の意味があるのよ……やめてよ、いかないで。一人にしないで……私を独りにしないで』
意味を、察したのだ。自分はこれから、この広い世界に独り残されるという、未来が見えた。そうして泣きださんばかりの姿を見て、わずかに笑う桂。
『そうして流せる涙があるなら、貴方は人間として生きていける。だから真、貴方はひとりじゃない』
『嫌! あんたが思うほど、私は強くない。お願い、いかないで、置いていかないで。探すから、あなたたちをずっと、探すためだけに私は生きるから――』
最初の誓約を交わした、あの時。
『おかえり、桂』
『……ただいま。真』
真は確かに、自分のことを桂と呼んだ。
そして、自分もそれが当たり前かのように返事をして、真の名を呼んだ。
作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴