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PLASTIC FISH

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01.幻日(8/10)



息を殺し、狩人を待つ。
「……ふっ」
思わず、京は笑いが漏れそうになった。銃を持っていない手で口をおさえるが、我慢しきれずくつくつと笑う。
第三エリアを突破する人間なんて、どんな超人かと思えば――馬鹿だ。そこらの犬や猿の方が、よっぽど利口だ。
集団ではなく、一人。
「(たった一人? 囮という気配も匂わないし、たった一人で私とやりあうつもりなの? 死に急ぐ馬鹿ね)」
しかも、走る足音が京の聴覚でも十分把握できる。反対側に何もないとわかったのか、こちらへ近づいてくるのがわかる。
一つ、妙なことがあるといえば、その狩人の走り方がひどく乱れているということである。足音を殺すどころか、疲れに疲れて悪あがきをしているような――。
持久走で最後尾を息を切らして必死に走る、体力のない子どものようだ。
「(……?)」
足音に混じって、荒い息と、何かつぶやいているのか声が聞こえる。だが、声の内容までは聞き取れない。
近づいてくるにつれて、足音が更に乱れていく。何かを怖がって、それから必死に逃げつづけているような、そんな。乗り込んできた者の足音とは思えない。
誰かに脅されて、嫌々ここに足を踏み入れたのだろうか。
「(助けは……来ないか。まあ、いいか……)」
京は、相手が予想外の行動をして――それに気をとられて、致命的なミスを犯していた。
一斉送信したメールは、誰のもとへも届いていない。エラーで全部京の元へ帰ってきていたのだが、メーラーソフトは警告画面に隠れて見えなかった。
「(あと一分…あと四十五秒……)」
カウントダウンが始まる。
その矢先、ぷちんとあっけなく京のPCの電源が落ちた。カウントダウンを止めないまま、京は横目でちらりとPCの真っ暗になったディスプレイを見る。
「(……電気を、断たれた? まさか、ここは下とは違う……違うルートで電力を供給しているはずなのに)」
まさか、今まさに対峙せんとしている相手は、同僚なのか? 仲間なのか? いや、それならなぜ電気を落とす必要がある?
認識装置と扉を壊す必要がある? と、ここまで考えて気付いた。監視カメラがあったはずだ。しまった、何故自分はそれを見なかったのか――京は自分を責めた。
しかし、複雑なルートの電力線を切られたのだ。今更非常電源だのなんだのそんなちゃちなものは通用しまい。カメラも、期待できない上巻き戻して見る時間はない。
「(……来る!)」
ごくりと唾を飲み、机に隠れる姿勢ながらも京は銃を両手で構えた。無理な姿勢だ、慣れていない自分は肩が外れるかもしれない。
だが、そんなことを考えている暇はない。
扉一つへだてると、足音や声ははっきりと京の元へ聞こえてきた。やはり乱れている。そして、声は何かに怯えている、そういった雰囲気を帯びていた。
扉が、半ば壊されるかという勢いで乱暴に開く。
人影が扉の向こうに現れるのと、銃声が二発分響いたのはほぼ同時だった。


作品名:PLASTIC FISH 作家名:桜沢 小鈴