異人館
その夜月蝕劇場で見たバレエのオーロラ姫は格別の出来だった。観客は総立ちでプリマのカーテンコールを待ったが不思議なことに、幕の内側からプリマの美しい姿は二度と現れることはなかった。
その夜の公演に興奮醒めやらず友人と話ながら、いつものように『葬儀屋のば−』に行くと、バーのマスターが珍しい酒が手に入ったと教えてくれた。その名も『眠りの森の美女』。丁度良いと、私と友人が注文すると、出てきたのはオーロラ姫の格好をした人形が詰められている酒瓶。横軸色の液体にゆらゆらとゆれていた。
後で聞いた話だが、プリマが現れないのを不思議に思ったヒトが舞台の裏や楽屋に足を運んでみたが、プリマどころか、もぎり嬢までありとあらゆる劇場関係者が劇場から煙のようにいなくなっていたそうである。
『鳴神屋加排店』(喫茶店)
時の止まったような喫茶店。内部には小さな川が流れ、レトロちっくな調度品の数々。ボサノバが流れている。中には、本当に時間を忘れていつづけるお客もいるそうである。しかし、驚くなかれ実はここは不在のカフェなのである。いつカウベルを鳴らして店内に入っても、店には誰もいない。目を離した隙にいつのまにか、メニューや、香ばしい匂いがする加排が置かれている。水滴をまとったグラスに入ったメロンサイダーに、美味しそうな匂いが鼻腔を撲るホットサンドウィッチ。不思議なことにいつのまにか現れる飲み物や食べ物は、丁度メニュー選ぼうとしていたものばかり。お客の間では不在のマスターと親しまれていて、彼は異常な恥かしがり屋のサトリか、透明人間のサトリではないかと噂されている。はてさて、不在のマスターの正体は如何??
『少女屋』(娼館)
美しき人形の館へようこそ。
作品名:異人館 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙