異人館
なにはともあれ、いまのところ、青年が成功した話を聞いたことがないし、この先成功するとは思われない。しかし、店主は見果てぬ夢を見て毎日研鐙しているらしい。時折、夜明け頃に店主と凛々爛々が黒焦げ姿で帰って来るそうである。一体、彼らはどこのどいつと闘っているのだろう。
『清廉潔白探偵事務所』(探偵事務所)
外から覗くと、無人の探偵事務所、古ぼけた応接セットがくすんだ硝子窓の向こうに見える。人気はまったくないのにも関わらず、稀に依頼人らしき人物が躊躇いながら硝子戸を開ける姿を見ることができる摩訶不思議な事務所である。
オテル・エトランジュにある、同じ名前の『清廉潔白事務所』とこの事務所は何か関係あるのだろうか?事務所に入っていったはずの人物が、オテル・エトランジュからと出て行ったという話もある。
『清廉潔白探偵事務所』を知る町の古老によると、元々青柳竜衛と名乗る前歴不明の洋行帰り人物が始めたものだと云うことである。青柳竜衛はジャック・ザ・リッパーが活躍していた倫敦から、どことなく『卵屋』の若主人にも似てなくはない人形のような美少女を連れて帰ってきて、少女を愉しませるために、怪奇事件専門の探偵事務所を始めたと云う噂である。いやはや、何とも困った理由である。
また、この青柳竜衛と云う人物は、見るものをうっとりさせるような端整な顔をした優男で、泣かした女は数知れず、是非とも後ろから思いっきり飛びげりを食らわせたくなるような人物だったらしい。『清廉潔白探偵事務所』はそんなところ。
さて、今日も物好きな依頼人が訪れたようですが、一体何の御用だったのでしょう。
『卵屋』(少女入り卵商い)
パステルピンクに、パステルブルー。砂糖菓子のような外観の可愛らしいお店を侮ってはいけません。店主の和服姿の美青年が商うは少女入りの卵。アルカイックスマイルを浮かべて、さあどうぞ。天まで伸びる棚の上には貴方が欲する、ありとあらゆる種類の少女が入った卵を取り揃えております。
少女アリスに物語りのシュヘラザード、十二単の若紫と毒入りの赤い林檎を抱えた白雪姫に、貴方の夢の中の少女。各種よりどりみどりで揃っております。卵の中の少女を手に入れる方法は簡単。貴方が選んだ白い卵を貴方の欲する少女を思い抱きながら大事に抱えること一週間で卵は孵化いたします。
作品名:異人館 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙