異人館
302号室には、赤いネクタイを締めた黒いワイシャツに、灰色のスーツを着てくわえ煙草の粋な若い女が住んでいる。軽い癖毛の赤茶色の断髪。手に捧げ持つは、愛用の日本刀。彼女の職業は探偵事務所調査員。特徴は苦みばしったニヒルな笑みと、男嫌い。月の半分は仕事で部屋を留守にしていて部屋にはいらっしゃらないのが現状である。
室内には脱ぎ散らした服と意外にも可愛い下着、そして部屋中に転がる酒填。この部屋の様子では主食は酒かと云うありさまである。彼女の部屋の中は足場もないほどごったがえしているが、夜中になると世話好きの小人さんが出てきて片付けてくれるらしい。しかしながら、夜には再び部屋中ごちゃごちゃになり、可真相な小人さんはため息をつくと云う話である。
好きなものはバーボンとゴルゴンゾーラチーズ、そしてトラブル。
苦手なもの、腐れ縁のどこぞの性悪執事。
勝気な顔と、ハスキーボイスの持ち主の彼女の素性は余り知られてない。どこぞの性悪執事によると、その昔はどこぞのいいとこのお嬢さんだったらしい。小さい時は『お兄様』と呼んでくれて可愛かったのにねと言うのは、同じく性悪執事の談である。それを言われる度に彼女が忌々しげな顔をするのは言うまでもない。
しかしながら、現在は彼女の家族は一人も残っていないと云う話である。どうやら不幸があったらしいと、たまたま酔っ払ったついでに飲み友達の方向音痴の警部が聞いたと云う話がまことしやかにいわれているがあえて問いただした人物はいない。
向かいの301号室には、立ち入り禁止の封印が何重にもされている。封印の隙間から覗いた貴重な証言では、内部にはバレリーナの姿をしたトルソーで一杯と言う。時折、夜中になると笑い声とステップを踏む音が聞こえると言う話である。。
(あん・どう・とろあ)
(あん・どう・とろあ)
『四階』
四階は謎。謎、謎、謎。東洋の謎と神秘で一杯。
一階には、四階の一号室と二号室の郵便ポストが設えてあるが、階段からも、昇降機からも四階に行く術はない。何故行けないのか、どうなっているのか知っているものは少ないと言う。
『五階』
五階には、量り硝子に木製の古風なドア。曇り硝子には『清廉潔白探偵事務所』と言う銀色の文字が躍っている。そう、ここは探偵事務所。小悪魔と性悪の執事に白面のお仕着せの女中がてぐすね引いてまっております。
作品名:異人館 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙