異人館
201号室には、日本人形のような女王然とした美少女と兎が住んでいる。正確には、人間大の燕尾服を来た白と黒の兎のぬいぐるみが二羽である。もしかしたら、ぬいぐるみの中には誰かかが入っているのかもしれないが、その証拠を見たものはいない。部屋の主である日本人形のような少女は、赤い振袖に緑の被風を着て部屋の中心の安楽椅子に鎮座している。彼女は古風な言葉遣いと時折見せる少女が持つものではない表情を持っている。噂によると彼女は『オテル・エトランジュ』の所有者の姉だと言う話で、見た目には十を超えたくらいに見えるこの少女が、実はこの部屋に何十年も住んでいると云う事をまことしやかに言うものもいる。真実はいかほど。
猜疑心が強い人物は、時間の経過により変色してセピア色の写真を見ても、たまたま彼女の祖母または曾祖母がそっくりな同じ顔をしていただけさと云うだけである。世の中、常識的に考えた方が救われることは度々あるのだから、長いものには巻かれた方が良いこともある。たぶん、おそらく。
従僕の様相は以下の通りである。モノクルを鼻に掛け黒い燕尾服を着た白兎と白い燕尾服を着た黒兎。悪夢のようなメルヘンチックさだが、その愛らしい姿とは裏腹に少女を頭とし兎たちは世界征服をするために日々精進しているらしい。これだから、世の中侮れないものである。さて、何の目的でどのようにして彼らは世界征服を行なおうとしているのか誰も解らない。ただ、時折燻ったような兎を二羽を見かけたことがあると言う者もいる。どうやら、私達には幸運な事に彼らの世界征服は失敗続きらしい。
202号室は空室。窓の外に掛けられた『空き室あります』の札が風に揺れている。からん、からん。乾いた音をたてながら札は揺れていた。部屋の内部は綺麗に片付けられて、いつでも入居可能な状態になっている。が、入居者希望者はまだ現れない。全て片付けられた殺風景な部屋の中には、大きな姿見だけがぽっんと立てかけられている。話によると、この部屋の姿見は、時折全く違う室内を鏡面に映ると云う噂がある。全く違った室内を映した鏡面に手をさしのべれば、『鏡の国のアリス』のように、鏡の国に行けるのだろうか。ただし、帰ってこれる保証はないので、あしからず。
『三階』
作品名:異人館 作家名:ツカノアラシ@万恒河沙