なんでもない、夏
5
全てが止んでいた。
大阪駅で後輩達を見送った後、由貴の家へ寄った。
ビデオの中の女は喘ぎ乳房をまさぐられていた。腰は脂が乗ったトロのようにそれがくねっている。
俺と由貴はそれを観るでもなく観ないでもなく眺めていた。
畳の上には女性週刊誌、Bi-Weeklyぴあ、スポーツ新聞……ビールの空き缶が倒れている。倒れた缶から涎のようにアワがこぼれている。冷蔵庫にはいつも冷えたビールが入っている。
由貴はアルコールは飲まない。煙草も吸わない。
深夜。まだ暑さは遠ざかっていない。
部屋の中には何のためか解らない段ボールが置いてある。新聞も積ん読状態だ。一回も廃品収集に出したことがないらしい。
ごみ箱にはファーストフードの袋が散見できる。モスバーガーの袋だ。
台所には調理器具らしい調理器具が揃っていない。以前味噌汁をフライパンで作っていた。その割にはよく弁当を作ってくれていたのだが、どうやって作っていたのだろう。
由貴の家のAVは見飽きた。
―――総司は私のことを解ってない―――
そうなのかな。そうじゃない。由貴が解ってないんや。
ぐるぐると同じ所を回るオランウータンのように俺は不思議な感覚に研ぎ澄まされていた。
由貴はうざったそうに立ち上がりのろのろと便所に入った。
上はTシャツ、下は裸だ。
AVは3Pに変わっていた。―――停止。
トイレから出てきた由貴はよく見ると泣いていた。
ふいに須磨で死んだ友人のことを思い出した。人の気持ちは薄まっていく、そいつのこともいつか思い出さなくなるのだろうか。そう思うとなぜだか忘却というものがひどく甘美で須磨で見た月の光に憧憬を覚えたようなものに思えてくる。
どんなにセックスしても一時の快楽にすぎない。
次の瞬間から現実が照らし出され、夜、明かりを消したときのように一瞬にして今まで見ていたものが見えなくなる。
砂漠に撒かれた清涼な水たまりだ。それらはやがて枯渇して崩れる。
―――由貴がかつて云っていた。
由貴は悲観論者だ。アホみたいな妄想をして、苦しんでいる。
由貴は眠っていない。目を瞑っているだけだ。
明日は打上がある筈や。
友人の記事の新聞はこの中にあるかもしれん。
取り留めのない思考は続く。
「……由貴、今なにしてんの」
「自己嫌悪」
ソヴァージュをあてて、軽くブリーチをかけた髪がぐちゃぐちゃにほつれていた。
「海、おもろかった?」
「うん」
「ホンマに?」
「うん」
電灯を消そうと手を伸ばすと、傘に乗っていた蛾の死骸が落ちた。