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その扉を開けたら

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◆狭山はじめ、部屋の真ん中で叫ぶ。



電話するべきかしないべきか、ワタシは悩んでいた。
今日で会社での引き継ぎも終わり、明日から有給消化に入ることになったので、実質明日からワタシは無職の身だ。
「あーどうしよ」
今悩んでいるのは、実家へ解雇されたことを電話するべきか否か、ということ。
田舎の両親は長野で小さな酒屋をやっていて、兄貴はそんなしけた家業は継いでいられないと、視野を広める留学と称して海外へ逃げてもう5年ほど戻っておらず、唯一実家にいた妹は遠距離恋愛の末デキ婚して去年北海道へ嫁に行った。
そんなんだから、両親はワタシに店を継がせようとコトあるごとに実家に戻したがっている。
うん、田舎では良くある話だ。
そんなもんだから、今会社をクビになったと電話すればきっと戻ってこいと言われるに違いない。
かといってまだ新しい仕事も見つけられておらず、この前仕事を紹介できるかもと言っていた絵里からも、また連絡するからと言われた後から音沙汰が無い。
このままじゃアパートの更新料やバッグの代金も支払えないことになりかねないので、いざとなったら親に頭を下げてお金を借りなきゃいけないかもしれないし、いつまでも黙っているわけにもいかない。
そう思うと、やっぱり電話はするべきだという結論に達した。

でも、27にもなって生活もままならないということを話さなきゃいけないことを考えるとやはりちょっと躊躇してしまう。
そんなこんなでワタシはかれこれ一時間は悩んでいた。

「あーもー」

ゴロンと横になってまた考える。
ふと部屋を見渡すと、テーブルの上に放置したハイチュウの缶の山が見えた。
電話するべきかどうかで悩んで、この間みたいにお酒に逃げるのは得策とはいえない。
いい加減ハラくくらなきゃね。
大きなため息をついた後、ワタシは携帯電話の短縮ボタンを押した。
一番に登録してあるのは彼氏じゃなくて実家。彼氏なんてモノはもう3年ほどご無沙汰だ。

呼び出し音がしばらく鳴って、はい狭山ですけど、と母親の声が聞こえた。
「もしもしお母さん?はじめだけど」
「あらはじめ、どうしたのよこんな夜に」
時計を見ると22時を過ぎたところだった。相変わらず田舎の夜は早い。
「うん、実は…ちょっと話したいことがあって」
「なに、どうしたのよ?」
「うん…あのね」
実は会社をクビになりました、と言おうとして、一瞬躊躇する。

「実はワタシさ、会社辞めることにしたんだ」

このくらいは見栄張っても神様は怒らないと思うんだ。
「ええ!?なんでまた…あんた家に帰ってくる気になったわけ?」
母親の一瞬嬉しそうな声が聞こえる。違うっての。
「そういうわけじゃ」
「アラ、じゃあ次の仕事決まってるの?」

う。

「う、うん一応ね…。でもしばらく忙しかったし、一ヶ月位はゆっくりしようと思ってる」
「そうなの…。てっきり店継ぐ決心したのかと思ったら」
「継がないって言ってるじゃない」
「まぁいいわ。お父さんに代わるからちょっとあんたから説明しなさい」
おとうさーん、と電話越しに母親が父親を呼んでいる声が聞こえる。

ワタシの父親は、いかにも田舎の親父という感じで頭がかたくて怖い。
夜はたいてい晩酌して酔っ払ってるので、正直に言ったら何を言われるか分からない。
「今お父さんと代わるから…」
「お母さん、ワタシちょっと用事あるからこれで切るね!お父さんには後でお母さんから言っといて!」
と、電話を代わられる前に急いで電話を切ると、ふうっとため息が出る。

とりあえず、報告の義務は果たした。
お金の話とかは本当に困ってからね、とワタシは自分に言い聞かせた。
まず自分がやらなきゃいけないのは職探しだ。

ノートパソコンを開いて、転職サイトをググる。
大学を卒業してからずっと同じ会社で働いていたし、正直結婚して寿退社するまで転職なんてワタシには関係ないと思ってた。
検索で出てきた件数を見て、こういうサイトって結構あるもんなんだ、と素直に思った。
これならもしかしたらすぐに次の職が見つかるかもしれない。
「さてさて、じゃあワタシができる仕事はっと……」
一番大きい転職サイトを開いて、事務の求人募集を探す。
なになに、総務に経理、一般事務か。
こういうのを読んでると、今までやってきた内容と大して差がないように思える。
「なかなかいいじゃない」

なんだ、もしかして転職って案外楽勝なのかも?
……そうか。クビになっちゃったけど、ワタシの未来は意外と明るいのかもしれない。

     ****

「……で。何が楽勝だって?」

自分の会社の事務所の応接室で、眉を吊り上げながら絵里がこっちを見て言う。
明らかに呆れ顔だ。
い…いや、そう思っていた時期がワタシにもありました……が。

「ゴメンナサイ」

そんな絵里の前で涙目のワタシ。
「あんたバカ?この不況でそんな簡単に転職できるわけないじゃない!」
だってかなり求人もあったし、ワタシにもできそうな仕事ばっかりだったし。
言い訳すると怒られると思ったので、口には出さなかったけど心の中でそうつぶやく。
「ゴメンナサイ」
あれから半月ほど過ぎたけど、ワタシを雇ってくれる会社は未だ見つかっていなかった。
ヤバイ、正直マジヤバイ。

ハァ、と絵里がため息をついた。
ワタシもつきたかったけど、怒られるのは明白なのでぐっと我慢した。
「まぁ連絡しなかった私も悪かったわ…ちょっと仕事の段取りに時間かかっちゃってね」
「仕事って、ワタシがクビになった日に言ってた仕事のこと?」
引越しできれば仕事紹介できるかもっていうアレのことか。
「そそ。実は今日来てもらったのもその件について用事があったからなの」
用事?
「はじめ、アンタこれから私とちょっと一緒についてきてくれる?」
「いいけど…何すんの?」
「言ったでしょ、面接」
は?
「今さっき先方とアポ取れたから。これから面接、行くわよ」
今からって、ワタシ普通に普段着なんですけど。
「別にかまわないって。先方も普段着らしいし、まぁ仕事が仕事だから普段着でもいいんじゃないかな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。仕事とは聞いてたけど、一体何の仕事なわけ?まだ内容も聞いてないわよワタシ」
突然仕事の面接とか言われても心の準備ってものがあるじゃないのよ。
「あ、言ってなかったっけ」
ポンと手を叩いて、絵里が思い出したように言った。

「お手伝いさん、住み込みの」


はぁあ?!

     ****

引越しできれば仕事を紹介できる、の言葉の意味がやっと分かった。
お手伝いさんって…私ずっと事務しかやったことない上に、家事なんてサッパリなんだけど。

「そんなの無理に決まってるじゃん!絵里、何言ってんの?」

ビックリして叫ぶ。

「うちの会社と懇意に取引してくれてる会社の重役さんから誰かいい人いないかって相談されてたんだけど、このご時勢で身元がしっかりしていて自由に引っ越せて、お手伝いさんをやってくれる人なんてそうそういないし、困ってたのよね」
「だからといっていきなりお手伝いさんなんて出来ないわよ!」
「それがアンタでも出来る仕事だから言ってるんじゃない。てゆうか仕事ないって言ってるのに、今更仕事選ぼうっていうの?」
作品名:その扉を開けたら 作家名:ろし子