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エンジェレラ(1)【導き】歴史書・序章

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 王宮位に就職できる程の実力と、頭脳を持ちながら。職にはありつけず、お金持ちの屋敷の手伝いという名の奴隷を、続ける毎日。
 日々を繰り返す内に、ある幼い少年が、新たに16代目の神王に就くという噂が流れた。
 幼い少年が神王に就けば、お飾りの操り人形にされるだけで、世の中が代わる訳でもない。新たな神王への期待は皆無に近かった。
 
 第16代神王就任の反対派による、第一次国内大戦が勃発。避難準備をする、貴族や一般階級の天使の中。
 ルーマスは自分よりも遥かに幼い少年が、少人数の賛成派を率いて。武装する大勢の反対派と、勇敢にも対峙するのに、間近で直面した。
 大人をも唸らせる立派な論説で、反対派に誇示する幼いゼフィールに、ルーマスは心を強く打たれた。
(あの子なら……この国を代えてくれるかもしれない!)
 ルーマスはとても勘が鋭い。
 特定の人物を全て滅させる禁忌の魔法を発動させようとした、反対派に一早く気付くと、身動きを封じる魔法で発動を中止させ、ゼフィールの身を守った。
 翌日には第16代神王の就任が公式に発表され、神王の名により天界永劫に渡る、奴隷制度の一切の禁止令が発令された。
 ルーマスはゼフィール直々に、神王の秘書として王宮に招かれた。
 神王の秘書としての権限は、神王の生涯で、ただ一人にしか与えられない。
 神王の秘書は王宮位のトップ・神王閣下も兼任し、全ての階級の責任者に位置する。
 天界初の最下級階層からの階級入りが、誕生した瞬間。それと同時にルーマスは、まだ幼いゼフィールの子守役まで、強制的に押し付けられたのだった。

「ゼフィール様、いかがされましたか!」
 焦りの声が、爆音に混じり甲高く響き渡る。低すぎず高すぎず、中性的な声はルーマスのもの。
 七三分けの前髪に、項までの長さの黒髪。元々から色素の薄い白肌を際立たせて、その身を包むのは黒の軍服。
 一寸の隙も見せず、立て襟のダブルボタン仕様に茶色のロングブーツ。
 声に似合わず、爽やかな好青年で人望も厚く、部下からの評判も良い。
 中の上レベルといった端整な顔が、シルバーグレーの瞳を顰める。扉の残骸を踏み場に、ルーマスは普段は穏やかな眼差しから一切の表情を消し、硝煙の中で主の姿を探した。
「何事か尋ねたいのは、私の方ですよ」
 のんびりとした声で投げ掛けられた言葉で、神王の無事を知ったルーマスは、安堵の溜息を漏らした。
 硝煙を吸い込まないよう、口元に手をやりながら、執務机へと近付く。辿り着く頃には、薄くなった硝煙の中から、急な事態にも平気な顔のゼフィールの姿が、目に入った。
「いったい何があったんですか」
 爆発により散乱した数々の書類を拾い上げながら、問い掛ける。腰を曲げ、続くように書類を拾い始めたゼフィールは、訳が分からないといった表情をして首を傾げてみせた。
「仕事をしていたら、突然に扉が爆発したんですよ」
 ルーマスから書類を渡され、拾い終えた分と合わせて机の上に乗せる。床に吹き飛んだ神王のスタンプも拾って、書類の隣に置いた。
 ゼフィールの言葉に眉をひそめたルーマスが、事態を調べるべく部屋の外へと出ていく。扉の残骸を手探りで調べていれば、アナログ時計のような機械が姿を現した。
「これは…まさか、小型爆弾」
 再び爆発する可能性がゼロでない為、慎重に手に取って、ゼフィールの元へと急ぐ。ルーマスの行動を大人しく見守っていたゼフィールは、差し出された小型爆弾を手の中に収めて調べ始めた。
「これは天魔国のものですね。自国では製造自体を禁じていますから」
 ゼフィールの発言に驚いたように目を見開き、ルーマスは問い掛けた。
「いったい誰が……」
「誰か手引をした者がいるのでしょう。守護位に大至急、報告を入れなさい。国内の警備を強化するようにと」
 淡々と発するゼフィールの声に、驚いている場合ではないと表情を引き締め、ルーマスは返事の代わりに深く頷いてから、部屋を後にした。
 平穏な筈の天界を、騒がす事態に発展しそうな出来事に、ゼフィールは深く溜息を吐いた。
「悪いことの予兆でなければ、良いんですが――」
 神王に就任してからは、長きに渡って平和だった天界を案じるゼフィールの心境を裏切るように、運命の歯車は回り始めるのだった。