【勾玉遊戯】one of A pair
思えばこれほど広い屋敷に少年が独りきりと云うのは可笑しいのだけれども、他の人間がいきなり顔を出したので、湖珠は驚いたのである。長身の眼鏡青年は、少年を認めるとにこりと笑った。柔らかい感じの笑顔だ。
「お茶、お持ちしましょうか?」
「うん、頼む」
その青年が、少年と如何ような関係にあるのかは推測しかねるものがあったが、家族と云うにはそぐわないように、湖珠には思えた。
「ではすぐ、お持ちしますね。紅茶でよろしいでしょうか?」
丁寧な口調だったが、卑屈ではなかった。どうやらこれが、青年の普通の喋り方らしい。少年が軽く手を挙げ、青年が頷く。
少年の周りの空気が――ふいに、穏やかになったのが印象的だった。
それから程無くして、よい香りのする紅茶が運ばれて来た。湖珠には銘柄とかがわからなかったけれど、色や香りから良質の物であるらしいことが何となく分かる品物だった。
少年はその後も、湖珠の名前を聞いただけで、他には何も訊かなかった。
耳飾といっても――それがどんな物なのか。いつ、何処でなくしたのか。何故それを探したいのか。――そういったことを何も。
湖珠にとって、それは不可思議かつ奇妙な時間だったが、実際のところどれくらいの間その屋敷に居たのかもよくわからなかった。ほんの少しの間だったのかもしれない。
「――コダマさん。シノザキコダマさん。それが貴女の名前ですよね?」
湖珠が玄関を出ようとしたとき――見送りに立った少年神主が、再度そう、問うた。
否、湖珠の名を、呼んだだけだったのか。
肩越しに見た、微笑が本当に綺麗だった。
柚真人が玄関の引き戸を締め、施錠したとき背後で柔らかい、だがどこか棘のある声がした。
「いつもながらお見事ですね。その外面」
「そりゃあどうも、優麻サン」
がらりと、少年の口調が変わる。
「どうなっても知りませんよ。貴方も……本当に懲りない人ですよね」
優麻、と呼ばれたのは眼鏡の青年だった。彼は、振り返った柚真人を見下ろしながら、呆れたように続ける。
「柚真人君のそういうところ、あんなに嫌がってるのに。司さん、怒るでしょうねえ」
「なあに。お前が口を滑らせなきゃあ済む話だろ。おれは奇遇にのっただけだよ」
あっさりと言う。優麻は眉根を寄せた。
「……苛めてるようにしか見えませんよ。わざわざ彼女が嫌がることばかりして」
作品名:【勾玉遊戯】one of A pair 作家名:さかきち@万恒河沙